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ヘンゼルとグレーテル

「少しは手伝うよ」
「いいの、動けるうちは、なるべく手足を動かさないとね」

齢80になったばかりの祖母は、もの言いこそ柔らかだったが、二人で済ませた夕食の片付けを申し出た私を軽くあしらった。

祖母のような年齢の女性にとっては、世代的に当たり前だったのかもしれないが、台所は自分の城らしく、同じ女の私が率先して何か料理でもしようかと意気込んでいるのを、これまた、やんわりと排除するのだった。

孫娘の私の親切心を、品の良い物腰と言葉で、その態度とは裏腹にたたき折っていく。その祖母のあり方に、自分の方が間違ってるのではないのかと、何度感じたことか。台所だけでなく、端からは上品なおばあさんに見えて、この家の支配権をガッチリ握っている。母が逃げ出すのも当然だと、高校生になった私はようやく気づいた。父との離婚の遠因でもあるに違いない。

それはまた、祖母の同性嫌悪かとも思ったのだが、引きこもりになった兄を見ればそれだけではないことは、一目瞭然だった。

引きこもったのは、兄なりの抵抗のように見えたが、祖母の方が上手で、すぐにも根負けしたようだった。祖母の甘やかし方に、骨抜きにされそうになったと言っていい。部屋にこもりっきりなのが兄なりの継続的な抵抗の印かもしれない。

そう思えるのは、私にも身に覚えがあるからだ。

中学の頃から、スマホの類いは望めば買ってくれて、そののれんに腕押しのような態度に、当時の私は調子に乗ってしまったのだが、あるとき、祖母にバレないようにしたあるSNSでの書き込みを、何の気なしにした会話の中で知られていることに、祖母のネット知識の深さに恐れを成した。その出来事から私は、「いいの?」と悪びれない表情をした祖母の言葉を何度かけられても、断固としてスマホからガラケーに機種変したのだった。

何が怖いって、祖母が自らの態度に無自覚らしいところ。そこに私は底なしの恐怖を感じた。ある意味、恵まれてはいるのだから、そこにあえて乗っかってしまえば良かったのだが、それを、怖いと感じてしまったのだ。

真綿で首を絞めてくるような支配力から何とか脱出したかったのだが、まだ10代で経済力の無さががその意志を妨げていた。本気で嫌なら家出くらい、出来るはずだ、と自分の中で声がしたが、自分には想像も及ばない祖母の財力の在処には、ひれ伏すしかなかった。

兄はどう思っているのだろう。引っこもった兄の部屋の前に、何度も立ったものの、中々それを言い出せずにいた。

兄だって困っているはずだ。世間的に見て、警察に頼れるとは思えない。まして日々報道されるストーカー問題の不手際を見れば余程そうだった。祖母は私の交友関係もがっつり押さえているらしいから、学校の友人には相談できない。やはり、同じ境遇である、肉親の、兄しかいなかった。

さすがに、自宅の中に監視カメラは仕掛けまい、そこまでサイコではあるまいと願いながら、何百回と立った兄の部屋の前に再度立ち、問いかけの紙切れを扉の下の隙間に通して、しばらく待った。

さほど時間を置かず、返答があった。機内モードになったスマホが、扉の下から滑り出てきた。

まだその意味を確認してはいないが、やっとの事でこの数年、ろくに顔も見合わせていない兄とコミュニケーションが取れたことに涙が出そうなくらい嬉しかった。

廊下の暗がりで光るスマホの画面、メモ帳にはこうあった。

『愛する妹へ。以下の場所へ行け。そこに答えがある。場所を覚えたらこの内容はすぐ消すんだ』

私はメモ帳に貼ってあった地図を心に刻みつけると、その内容を削除し、スマホを部屋の中にそっと戻した。

そのとき、スマホを手に取る兄の指先が一瞬見えた。


×  ×  ×


こんな時の記憶力の凄さといったら半端ない。少しも迷わず指定の場所に着いた。

小さな森に隠れた洋風の屋敷。自宅からそう離れてはいないはずなのに、こんな場所があったんだ。木々の陰のせいで真昼なのに中は薄暗い。それが妖しさをいっそう引き立たせていた。

恐る恐る森の中へ入る。目の前に、2階建てほどの小ぶりな古びた洋館が姿を現した。洋館の周りをゆっくりと歩く。不思議なことに、違う角度から見ているはずなのにその洋館は同じ様相を呈していた。まるでだまし絵の中に入ったような感覚に陥った。ふいに足下でミシリと音が鳴る。いつの間にか、コンクリでも土でもなく板張りの上を歩いているようだった。その板張りの地面の軽さに、その下に空間があるのかもしれない、と思った矢先だった。板張りの地面が割れ、私はその下へと落下した。落下の時間は意外に長く感じた。その長さが実際の距離なのか、自分の感覚の間延びのせいなのかは、判別できなかった。

気がつくと、ということは落下の途中で気を失ったのだろう、素材がいいらしい、古めかしいベッドの上に横たわっていた。それがクッション代わりになったのかもしれない。

私はベッドに横たわりながら、上を見る。2階まで吹き抜けているような高い天井が見えた。身体を反らし、今度はベッドの下を見ると、うずたかく粗大ゴミのようなものが積み重ねられ、その頂点に自分のいるベッドがあるようだった。粗大ゴミと言っても、家具やテーブルや椅子、どれもが高級なもののように思えた。部屋の床から丁寧に積み上げられた粗大ゴミ、と言うと失礼だから、家具類は緻密な計算の元の組み合わせで積み上げられたらしく、微動だにせず、てっぺんの私のいるベッドも多少傾いたままだったが、少しも揺れ動くことがなかった。

「何と、イレギュラーな仕方で来られた客人だこと。二礼二拍一礼で玄関から入ってくるのがしきたりなのに、あいつ、そこまで教えなかったんだね。まあ、いいか」

ベッドの側で声がした。その方向に振り向くと、自分と同じ学校の制服を着た黒髪ロングの少女がいた。

「えっ」

制服を着ているということは自分とそう年は離れてはいないはずだ。

「ここは八百万神の複雑なコードで守られているからね」

いや、どうだろう、そうとも限らない。

でも、いかにも兄のことを知っている口ぶりなのはどういうことなんだろう。祖母に知られず、秘密裏に兄がコンタクト取ってる人? そこにちょっとした嫉妬を覚えたが、今はそれどころじゃない、我慢我慢。私はクセっ毛で、普段はだらしのない、綺麗には見えないウェーブがかった肩あたりまでの髪を隠すように、後ろで縛り、とりあえずポニーテールに仕上げた。

そうやってここに来た目的を見失わないよう、気合いを入れる。

「そういう強がりなとこ、聞いてたとおりだ。嫌いじゃないよ」

少女が積み上げられた家具類の塔から、こちらを振り向きながら降り、軽やかな靴の音が鳴ると同時に、私は白いテーブルを前にして座っていた。初老の男性がテーブルのカップに注いでくれた紅茶らしきものを薦められるまま一口飲むと、優しい暖かさが喉を通り、焦る気持ちを不思議と落ち着けてくれた。そのことでうっかり心を許してしまった所もあった。


「あの、魔女のことで、来たんでしょう?」

目の前に座る少女は、乗り出すように、私に顔を近づけて言った。

「魔女?」

自分が何のためにここに来たのかを察すれば、魔女が祖母を指しているらしいことは分かる。

私は、私と兄が、いかに祖母に縛られているかを率直に少女に話した。彼女の話している言葉が、隠された真実なのか、何かの例えなのか、分からなかったから、率直に伝えるしかなかった。

「そんなの、簡単じゃない。魔女が血のつながりを求めてるからよ」

私と少女の会話は第三者が聞いていたとしたらとてもかみ合わないものに違いなかったが、少女の言葉は、自分が散々苦労してきた事柄をいとも簡単に見透かすようにも聞こえて、だからこそ私はそのことにちょっとイラッとした。

少女の傍らには、私に紅茶を入れてくれた初老の男性がまだいたのだが、彼はアルカイックスマイルを湛えたまま、どちらにも与しないという体だったので、少女の真意がますます分からない。

それでも、私の目をまっすぐに見て言う少女の、その瞳を見ている最中は彼女の言葉の本質が分かったような気がした。だけど、その瞳から目を逸らすと、すぐに意味がぼやけてしまうようで不安になる。

それが、やっぱり悔しい。

「魔女は自分の片割れを長い時をかけて失ってきた。でもそのことに魔女は気づいてない。でも失っている感覚はあるから、あなたとあいつを片割れの代わりにしようとしている。片割れとは明らかに違うんだけど、はっきりと血がつながっていることがそれを誤解させてる。あなたがそれを負担に思うのなら断ち切るしかない」

「断ち切ったら、魔女はどうなるの?」

何を、どう断ち切るのか、そのことを具体的に聞く前に、私は少女の言い回しに乗る形で聞いてみた。

「そうだね。死ぬかもしれないね」

少女は淡々と即答する。私は祖母の年齢を思った。「死」の意味が比喩なのか、ストレートな表現なのか、はっきりしない。

「……。それで、どうしたらいいの?」

躊躇したまま私は聞いた。

「今私が言った片割れの話を魔女本人にそのまま伝えればいい。貴方の解釈は必要ないわ。これは魔法の言葉。呪文みたいなものだから、意味は分からなくていい。でも言葉を発するのはあなたでないと。存在の位相が違うから私は魔女の弱点がよく見えるけれど、魔女と同じ位相の貴方がそれを発すれば、相手は凍り付く」

私は迷っていた。それを断ち切ろうと少女との会話を続けようとしたが、言葉が見つからない。彼女が椅子から立ち上がる音で再び顔を上げたとき、目の前に少女はいなかった。辺りを見回し、いつの間にか私の後ろに立っている少女と目が合うと、今度は靴の音が何度か鳴り、私は洋館の外に出ていることに気づく。背後でうっすら消えていく彼女の気配をゆっくりと感じる。少女の気配が完全に消える瞬間、そのさらに後方、あの初老の男性の気配が逆に浮かび上がるように、私の心の中に強く刻み込んで消えていった。

そして、静かな森のなか、一人残されたことを自分の息づかいで知る。

少女は必要なことは伝えたから戻れと言っているらしかったが、初老の男性の意志は違うようだった。そんな気がしただけで実体は定かではない。

だから、私は兄に直接確認しなければならなくなった。その事が祖母への対処方法のルールを破ってしまうような気もした。だがどうにも腑に落ちなかったのだ。


×  ×  ×


家に戻り、夕飯の支度をしているらしい祖母にあいさつをし、そのまま2階の兄の部屋の前まで階段を駆け上がった。

「お兄ちゃん、行ってきたよ」

一応ノックをし、そう声をかけた。

扉の下の隙間から、スマホがすべり出された。『いきなり声を出すんじゃない。聞かれているかもしれないだろ?』

私はスマホを手に取り、入力した。

『あの女の子はなんなの?わけわかんないよ』

『分からなくていいんだよ。言われたとおりにするんだ』

『でも』

『自由になりたくないのか?これは生存競争なんだよ。殺らなければ殺られるんだ』

『でも、別の方法はないの?』

『ない。殺すしかない。さあ、早く』

……。

『納得できないよ。魔女って何?なんでおばあちゃんが魔女なの』

『君は息苦しくないのか、あの魔女のもとで』

『苦しいけどさ、何も殺すことは』

『殺すんだよ。それが唯一の道だ』

『待ってよ、私の話にも答えてよ。魔女って何、あの女の子は』

『なんで、そんなことにこだわるんだ』

『こだわるよ。訳が分からない』

『まったく、早くやれよ』

『なんでそんなこと言うの、お兄ちゃん、私のこと見てない』

『そうじゃないって、愛してるよ』

『嘘、だって、あの女の子は』


そうメモ帳に入力したスマホは返ってこなかった。代わりに、兄の部屋の扉が開き、目の前にあの洋館の少女が立っていた。

この分からず屋。

少女の口がそう喋ったような気がした。少女の奥、私に背を向けて座る兄の姿がある。少女は右手を挙げ、その挙動の中に何か光るものがあった。

その正体は分からないが、私は身構える。

少女の右手が振り落とされる瞬間、兄の目の前、暗い画面のままのモニターにあの初老の男性の姿が映った。

振り上げた少女の右腕は硬直したまま動かない。

な、なんで?!お前は!まさか!

少女は後ろを振り返りそう言っているように見える。

「降りなさい!」

同時に祖母の声が階下からして、身構えて硬直していた私の身体は自由になった。そして一目散に階段を駆け下りた。


「大丈夫?喧嘩してるような声が聞こえたから…」

祖母はそう言うと、階段を上り始めた。声が聞こえていた…? 私たちは喋ってはいない。安堵もつかの間、祖母の力を改めて思い知らされて、足がすくんで動けなかった。兄と自分との間に入って欲しくない。そう言って祖母を止める力もない。自分はしょせん非力な子供なのだ。

祖母が2階に上がってからの時間が長く感じられる。たぶん、兄と会話をしているのだろうが、声が私には聞こえなかった。実際に聞こえないのか、私自身が聞きたくないから聞こえないのかはっきりしなかった。私は兄に従うべきだったのか。これが最後のチャンスだったのか。それを私の迷いで逃してしまったのか。取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。胸の鼓動が高鳴り、過呼吸で苦しい。


私が自分の持つ魔法に気づいたのはその約10年後。祖母は90過ぎになっても介護の必要もないくらい元気で、逆に、引きこもりは脱したが抜け殻のようになってしまった兄は次第に生気を失い、祖母より先に亡くなって、あの初老の男性の正体を知った私はようやく、祖母と差し違える覚悟を決めたのだ。



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テーマ : 奇妙な物語
ジャンル : 小説・文学

「渦流の国の少女」ーいったい誰が早く人間になりたいと願ったか?ー

地球上で、かつての「人間」が実体化した魂、渦流魂(ウズルコン)となって恐ろしいほどの年月が過ぎたが、モノリスという黒色直方体万能機械を使う地球外上位知的生命体(裁定者)はただ地球の現状を監視し続けるだけで、何も手を出すことはしなかった。ただし、渦流魂が生き延びるための物資は提供した。

地球人類がまだ「人間」であった頃、トライアングル星雲に属するハモニカ星国の初代コメット王女が地球に留学した時代の思い出に憧れて、その後地球に再びやってきた三代目コメットも地球の素晴らしさを知ることになるのだが、三代目コメットが地球に帰化したのち、同じく地球で一時滞在していたタンバリン星国プラネット王子の制止も聞かず、その侍従長であったヘンゲリーノが地球人の権力者、技術者たちと協力して、強引に、星力を直接宇宙から無尽蔵に採取するために宇宙エレベータの建設を開始したが、ミノフスキーマグネットレイフィールド、MMFが上手く作用せず、エレベータの崩壊が始まった。

地球人の技術者、甘粕斧(アマカスヨキ)の強い要望で、この危機を回避するため、三代目コメットはすでに地球人として暮らしていた二代目コメット、スピカ、さらにハモニカ星国王妃(初代コメット)の協力を得て、全ての星力を発動させた。

しかし、幾多の星々を総べ、道具のモノリスをコミュニケーション代わりに使い、自ら表に出ない裁定者最高委員会は、過去、モノリスで他の星を無差別に進化を促したコロニアリズム批判を受けたこともあって、沈黙したままだったが、一部の裁定者の急進派は、トライアングル星雲の行為を阻止しようとしモノリスを使用した。

コメットたちの星力と裁定者のモノリスの力により、事態は悪化し、地球史上最大の厄災が発生した。「渦源流」(ウズゲンリュウ)の発生である。

同じトライアングル星雲の一つを成す、カスタネット星国の王女、メテオは女王とともにあらゆる手段を使い、生き残ったまだ「人間」の地球人を宇宙へ待避させた。

ある者たちは月へ移住させられ、またある者たちは金星の近くでコロニーを作った。それは後に、月の住人はムーンレイスと名乗り、金星方面のコロニーはビーナスグローブと呼ばれ、長らく故郷である地球へ戻ることはなかった。ことにムーンレイスによればこの厄災は人型に変形したモノリスが放った「月光蝶」によるアーマゲドンだったという伝説が長らく残ることになる。両者はのちに故郷である地球へ帰還するレコンギスタ作戦を実行することになるが、まだまだ未来の話である。


そして、地球上に残された人間たちは「魂」だけの存在になった。それは、とても進化とは呼べない生き物となっていた。

まだ「人間」であった、地球人の甘粕斧は、三代目コメットに最後の願いを請い、星の子たちのフィギュア造型師の協力を得た。そのことで、「渦流魂」と呼ばれた魂をフィギュアという身体に封じ込めることに成功した。その後、三代目コメットは過去に地球の輝きを多く見てきただけにその悲しみは深く、伴侶であった地球人の三島佳祐とともに行方不明になった。

三代目コメットの協力を得た甘粕斧は、自分だけ生身の人間のままでは渦流魂のヒトの反感を買うと感じ、メテオに頼み込んで自ら渦流魂に変化させて貰うことになった。甘粕斧は渦流魂は渦流魂のまま、社会を立て直すという理想を抱いていたからだった。



そして現在。

フィギュアという身体を持つ渦流魂のヒトの社会は、過酷ながらも徐々に発展し、それなりの歴史も築いてきていた。

クファニー・スファの武装フィギュアが生んだらしい渦流魂の赤ちゃんは、渦流魂でも子供が作れるという新たな希望を示した。それは、バラバラだったヒトの集落、特に都市山脈と呼ばれる集落の住人を希望の名でまとめ上げるため、または将来ドーム・コミュ・スラタリアにその集落を接収するという、政治的な意味あいもあったのだが、研究のために保護する対象でもあった。

榊夜々子(サカキヤヤコ)が甘粕斧の娘であることを引き受けたのは、ドーム・コミュ・スラタリアのフェイクスらにまんまとそそのかされたからなのだが、指導者の器ではないと感じつつ、都市山脈の住人をまとめ上げるために、道化、偶像(アイドル)の真似事だけはやってみせると覚悟を決めた。その覚悟が出来たのは、スラタリア総合校のフェイクス・オリジと、生徒会長のノース・ノキユ、ハルモ・ルニーのプロデューサーとしてのバックアップが信頼出来たからだ。さらに、その背後には教師の九重・ヴァン・花蓮がいたからだった。フェイクスはすでに見抜いていたが、九重は、教師は表の顔で、実はスラタリア運営委員会の一員だった。だから一介の学生である彼らを政治運営に参加させることが出来たのだ。贔屓ではない。彼らにはそれなりに能力があり、九重がそれを認めたからだ。

フェイクスたちの目的は他にもある。スファが生んだ渦流魂の子供の保育、研究、警護の管理の仕事も任された。象徴化されたスファの子供を抹殺しようとする反対派都市山脈住民の動きを懸念したためだった。

そうやって地味ながら渦流魂のヒトの生活は続いて行くはずだった。


ところが。

裁定者の組織に属さない、異星人が地球にやってきた。

その者は、いきなり、自分は渦流魂のヒト全てを本当の「人間」にする力を持っている、と言ってきた。彼はメフィラス星人と名乗った。
彼の真意は不明であり、渦流魂社会の代表はまだ存在しなかったので、とりあえずはスラタリアの運営長が対応した。裁定者に協力を要請したが返答はまだない。またしてもだんまりを決め込むのか。

地球に渦流魂の社会が出来つつあったことと、もはや伝説化されてしまった「甘粕斧」の、「人間になってはいけない」というタブーが強力に働いたのか、一部のヒトを除き、渦流魂のヒトびとはメフィラスに賛同しなかった。

「貴様たち、ゾンビの分際で私に刃向かうのか!」

メフィラスは怒ってその巨大な身体でドームを破壊しようとした。

「まるで子供じゃねえか」

フェイクスはあざ笑った。

「誰ももう人間になりたいだなんで思ってねえんだよ」

スナフたち、ドームの前衛部隊が仲間とともにキグルミで応戦した。元素子もその戦いに参加した。

その巨体の割にはメフィラスは苦戦した。そして最強の、宇宙恐竜ゼットンを召喚した。

さすがに裁定者も焦ったか、モノリスを総動員してゼットンに対抗したが刃が立たない。

その時、赤い玉が飛来し、その中から別の異星人が出現した。M78星雲人。彼もまた裁定者とは距離を置く存在で、地球圏近くにいた仲間の恒点観測員の連絡を受け、さらに友人である二代目コメットがウルトラサインで要請したものだった。そして銀色のM78星雲人にとってもゼットンには一度は負けた過去があり、復讐戦に燃えていた。

こうして、メフィラス、ゼットンとM78星雲人、モノリス、渦流魂の戦闘部隊との戦いが始まった。


「あたしたちさ、何もしなくていいの?」

ハルモがフェイクスに聞いた。

「すでに大人たちが避難誘導をしている。俺たちが出る幕でもないさ。それともお前行きたいか?」

フェイクスはウズウズしているノキユに振った。

「あ、あなたはどうなのよ」

「俺たちは俺たちがやるべきことをやるんだよ。元素子やスナフみたいにはなれないって言ったろ。あんな神々の戦いみたいなさ。それに、先生、いざとなれば何とかしてくれますよね?」

フェイクスは、都市山脈の中、スファの子供たちのために作られた保育園の一室の隅で立っている九重の方を見た。

「任せろ。もう君たちに無理はさせないよ」

まだどうしていいか分からないノキユに手本を示すように、子供の一人にフェイクスは向かった。

その渦流魂の子供はフィギュアの身体を必要とせずとも賢明にヒトノカタチを取ろうとして内部で渦流がうずまいていた。

フェイクスはそれをいじらしいと感じ、自然と愛着を覚えた。

一方でスファの夫、若くして父親になったルガッグ・ルルが側につき、ハルモは子供にゆっくりと言葉を教えようとしている。


その二人を見たノキユはようやく立ち上がった。



テーマ : 創作・オリジナル
ジャンル : アニメ・コミック

渦流の国の少女・ピルグリム編

五階建てほどのT字型のビルが数百基連結され、列車のごとく瓦礫の荒れ地を進む。難民船団エクソダス。ドーム・コミュ・スラタリアでなけなしの補給を受けてその地からある程度の距離を離れた途端、大量の端末が出現した。難民船団の住人達は覚悟の上だった。すかさず老若男女構わず動ける者は戦闘態勢に入った。

端末。渦源流(ウズゲンリュウ)と呼ばれた、どこにあるとも分からない存在から派遣される自動生物機械。渦流魂(ウズルコン)と呼ばれ、魂だけの存在になったヒトを狩る魔物。その端末に対抗すべくヒトは魂の器であるフィギュアと呼ばれた身体を身に纏って大昔から自らを守ってきた。端末は渦流魂のヒトを一方的に狩るだけではない。成熟した魂を取り込み、渦源流に帰還して、新しい渦流魂の赤児を運んでくるコウノトリでもあった。そんな奇妙なサイクルがあったから端末も一方的にヒトを根絶やしにすることもせず、渦流魂のヒトも新しい命を授かることが出来ていた。

「だけど、今生きてるヒトを見捨てるのは嫌だ!」

榊夜々子(サカキヤヤコ)は船団ユニットの一基の天井ハッチから外へ出ようとする。すかさず前方、端末の攻撃で大破したユニットの破片が風に流されてきて、慌ててハッチを閉じた。

「姫としては、狙い通りってとこか?」

ドーム・コミュ・スラタリアを出発してすぐ、若い船団長に言われた。ドーム・コミュの騒ぎで謝罪の意味もあったのか、補給物資を普段より弾んでもらえたのだ。

「やってみるものね」

「どこまで本気だった?」

「どこまでって、最初からよ」

嘘だったが、全く打算がないわけではなかった。個人的な、自分勝手な動機で船団の皆に迷惑をかけるほど子供じゃない。

「でも姫って止めてくれません?柄じゃないです」

「あの斧(ヨキ)の娘なんだから姫だろう」

船団長は夜々子の背中を軽く叩いた。彼女はそれを押しつけがましく感じた。

緊迫した状況とちょっとした苛立たしさを抱えたまま、夜々子は再びハッチを開く。大破したユニットは他のユニットを巻き込まないよう、連結器を外されて横に押し流されていった。天井の目の前には背中に大砲のバックパック抱えた少女、カン・レムスが破片に当たることもなく踏ん張って応戦していた。が、泣きべそをかいていた。

「ふええっ、当たらないよぉ」

カン・レムスの側に異星の男性整備士が付いていた。整備士は近づいてきた夜々子の姿を認めて言う。

「砲身はズレてない。こいつの腕の問題だな」

「でしょうね」

「これ以上お宝実体弾を使わせるのは無駄だ。あとはお姫さんが何とか説得してくれ。役に立たなきゃ下がらせろ」

「ええ、協力感謝します。渦流魂のフィギュアのヒト以外には関係ないです。早くユニットの中へ!」

「俺に出来る事ありゃいいんだけどな、長距離攻撃型なのに的に当てられなきゃ意味がない」

「えっと、引き留めてごめんなさい、このバックパック別のに換装出来ませんか?」

「換装どころか、このバックパックがこいつの本体だよ。中の女のフィギュアはそれを支えるための足でしかない。魂は大砲の方にある」

「えっ!?」

「知らなかったのか?」

夜々子は泣きじゃくって涙を手で拭っている少女のフィギュアを見た。

「悪いな!」

整備士はそう言うと夜々子が出てきたハッチからユニット内へ入っていった。

魂は大砲にあって感情表現はヒト型フィギュアでやるのか。それで手がかかるのかこの子。

「あたし…役立たずなのかな?」

その弱音を聞いて夜々子はため息をつき、カン・レムスに向き直る。

二人がそうしている間にも端末の三ツ目(それは口にもなった)から放たれる渦流のビームが飛び交っている。

カン・レムスは自動で、というか無意識で、渦流シールドを展開しビームを弾いていた。そいうところはしっかりしてる。

「目は、照準器は見てもらったの?」

「目も特に異常ないって…」

魂と身体(武装)の連携が上手く行ってないのか。ゆっくり原因を探っている暇はなかった。難民船団と並行して進む百数体の端末の列が、地表をバウンドしながら徐々に距離を詰めてきていた。

「私が目になるから!言うとおりの方角に撃って!」

夜々子はカン・レムスのヒト型フィギュアの前、泡のように現れては消えていく渦流シールド群の後ろ、の間に滑り込んで跪き準備態勢を取る。

「シールドでちゃんとビーム防いでよ!残弾どのくらい?」

カン・レムスの少女のフィギュアが、それに覆い被さるように背負っている、本体である武装バックパック、そのサイド・パックのいくつかのハッチを開いて確認する。

「ヒト型のフィギュア使うんだ?」

「うん、簡単なメンテは自分でやるから…。お宝弾が10、渦流燃料のタンクが2、ただの足代わりじゃないです」

整備士に「足」だと言われたことが悔しかったのか。バックパック後ろ下の、2本の衝撃吸収装置とヒト型の足と併せて四つ足の動物のようにも見える。

「まずお宝実体弾で確実にいくつか仕留める、いいね?」

端末は渦流魂のヒトと同じく渦流のシールドを張っているからエネルギー弾である渦流弾では貫けず、実体弾が必要になる。渦流弾は渦流魂の気力で供給するので残弾を気にすることはない。しかし実体弾は単純に数に限りがある。もちろん、渦流弾でも気力が落ちればエネルギー形成も出来なくなるので無限ではない。渦流燃料はそのためのバックアップとして必要だった。

ドーム・コミュ・スラタリアで、スカラ・テングというフィギュア造型師から貰った夜々子の新しいフィギュアは、かつての人間らしさと機械のハイブリッドというコンセプトらしく、その目は船団ユニットに備え付けられた砲台から打ち出された砲弾の弾道を一つも漏らさず捉えることが出来た。

「装填、10時方向」

夜々子は目標の端末が射程に入るのを数秒待って、叫ぶ。

「撃て!」

爆音とともに空気振動が上から夜々子の身体を包んだ。その寸前に鼓膜を保護するためのシャッターが耳の奥で自動的に閉まるのを感じた。

弾は当たらなかった。

夜々子の目はカン・レムスの主砲が放った二つの砲弾の動きを正確に追い、弾が端末の張ったシールドを貫く様まで捉えた。端末が避けたのではなく最初からこちらの弾道がズレていたのだ。微調整までは言葉のやり取りでは無理か。夜々子は自分のイメージでは間違いないのに実際の手足がその通りに動いてくれないもどかしさに似たものを感じた。こんな時はどうするんだろう。渦流魂を直接武装に連携させるのか。戦闘に有利なフィギュアを貰っておきながら己の戦闘経験の無さを呪った。

このままやるなら無理矢理な接近戦しかないか。

「ふえっ」

不意に向けられた夜々子の視線を、自分が責められてると取ったカン・レムスが目を逸らす。格闘戦用のバックパックでもあれば。こんなことならあのドーム・コミュからキグルミを一体でもせしめておくんだった。



×  ×  ×



一つ後ろのユニットの窓から、夜々子が関節球を外さない渦流噴射のジャンプでカン・レムスから一旦離れるのを、渦流魂のヒトの少年、ルガッグ・ルルは見た。

「夜々子さん、フィギュア変えたんだ」

自分も渦流魂のヒトでありながら、外見が変わっても中の魂の個性でそのヒトだと分かることの不思議さに改めて驚く。

華奢だが、制服越しでも程よいバランスのフィギュアの体つき、肩まで伸びたウェーブがかった髪が風で揺れて様になっていた。スカラから貰ったフィギュアは黒髪ストレートロングだったのだが夜々子自身は気に入らず、メンテ師に前のフィギュアの髪型に近いものに戻して貰ったのだ。

フィギュアの見た目の良さはその素体の良さに中のヒトである渦流魂自体の心根の良さもプラスされるから、ルルの感じ方はあながち遠くはない。が、ルルという少年の憧憬心を伴った過剰なフィルターを通して見えていることは、少なからずあった。

「ルル君、無理して私に付き合うことはないんだよ」

ルガッグ・ルルの側、背中に接続された大きな二つの掌のようなものに包まれたフィギュアの少女が言った。

「スファ、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

「ルル君は分かりやすいね。丸わかりだよ」

クファニー・スファはルルの動揺を可愛いと思った。

ルルとスファの魂年齢はほぼ同じだが、端から見てもその有り様ではスファの方が年上に感じられる。だからスファはルルの夜々子に対する憧憬心もよく分かっている。自らの身体の不自由さとの比較も含めて夜々子に嫉妬は感じるが、ルルの可愛さを生ませたのは夜々子がいるからとも思ったので気持ちは複雑だ。

気持ちはあれこれ先行しても身体が付いてきてくれないのでスファはもう諦めかけていた。渦流魂とフィギュアの相性が悪いのだろうか、この大きな掌付きのフィギュアがあまりにも重く感じられてほとんど動くことが出来ない。かといってフィギュアから抜け出すことも出来ないし、他の普通のフィギュアに移ることも出来なかった。

渦流魂とフィギュアを無理矢理切り離せば魂が死んでしまうだろうと、幼い頃からスファの世話をしてくれた異星のフィギュア造型師は言っていた。あらゆる手を尽くした結果がその言葉だった。難民船団がドーム・コミュ・スラタリアに辿り着く直前の端末群の攻撃で、その親代わりでもあったフィギュア造型師は亡くなって、後は弟子だったルガッグ・ルルがスファの面倒をずっと看ている。しかしそれももう限界かもしれなかった。

夜々子は戦況の全容を確認するため、カン・レムスから一旦離れ船団の中央まで飛んだ。スカラから貰った新しいフィギュアの取説には球体関節を外さず渦流噴射でジャンプ出来る新機能が記されており、それを今初めて試した。内部の自分の渦流をフィギュア皮膚表面から粒子状に身体全体に拡散し、卵状にフィギュアを包んで渦流の流れを姿勢制御として使い、身体を移動させる方式だった。もちろん渦流魂自体の意志は夜々子によるものだったが、フィギュア内部からコントロールするのではなくて外部に渦流粒子を対流させる。逆にフィギュアを外側に出た魂の力で操ると言った表現が妥当か。しかも死んだ渦流魂の渦流が近場に存在すればそれを燃料として皮膚から吸収、エネルギーに転換するシステムを有する。端末から飛び散ったもの、フィギュアから出たもの関係なく利用出来る。シールドやソード、ワイヤー等への形状変換も可能であり、故に、戦場では強力なシステムになりえた。極端に言えば自らの渦流魂を使わなくても良く、さらに夜々子本人のフィギュアが破壊されてもその破片のフレームブースター内の微細チップが作動する。死人の魂の欠片を吸収して、器であるフィギュアを必要とせずとも魂のままヒトノカタチを維持することが原理的には可能、と取説には書かれてあったような気がした。

しかし繰り返すが、夜々子には身一つでの戦闘経験がない。とてもじゃないがそんな高機能を使いこなせる自信はなかった。

夜々子のフィギュアを卵状に包んだ渦流の粒子は、姿勢制御と移動のためのスラスター代わりにも、夜々子を包むことでシールド代わりにもなった。端から見れば、夜々子は通常の関節球を外さない、フィギュアの各部を一度分離させて行う渦流噴射をせずに、ただ魔法的な力で跳躍しているように見えた。

ルガッグ・ルルは純粋な夜々子への憧れもあったがそれに加えて、フィギュア造型師見習いの好奇心から非常に惹きつけられる物があったのだ。

「あの技術、スファに利用出来たらいいのにな」

「無理だって、役立たずの渦流魂には何の恩恵も与えられないよ」

「何とかあの技術学べないかなあ」

「夜々子さんにお近づきになりたいからでしょ」

「違うよ、そんなことない、アレがあればスファは自由に動けるはずだよ!」

「…ありがと」

最後のスファの言葉は、ルルに聞こえないように言った。



×  ×  ×



大量の端末群は、難民船団に並行して距離を縮めながら決して諦めることなく、引っ付いてきていた。

ここで殲滅するつもりかもしれない。端末の本拠地、渦源流の渦流魂の赤児を生み出す役割はこれまでの事象から一応の確認は取れている。赤児のために成熟した活きのいい渦流魂を狩るらしいから、渦流魂のヒト全体を殲滅することはあり得ないだろうという、無根拠ではなかったが、所詮はこちらの希望的観測で対応するしかなかった。ジャンプしつつ残った数の船団の中央に着地した夜々子はそんなことを思った。これでは消耗戦だ。自分は渦流粒子のバリアで守られているが、私一人が生き残っていても仕方がない。

ジャンプの途中、端末の攻撃をまともに受けたユニット側面で大勢の渦流魂のヒト達がお互い手を組み合い、充分ではないはずの魂の気力をもって大きな渦流シールドを張り、覚悟を決めたのか盾となり、さらにそれが容易に粉砕されるのを目撃してしまえば、いたたまれなくなる。

夜々子のフィギュア耳の無線機のコールが鳴った。相手は一方的にまくし立ててきた。

「お前ら何チンタラやってんだ。その自律砲台を連れてこっちに協力しろ。姫なら士気も上がる」

「誰ですか」

「144番ユニット長のバルタス・ガルムだ!本ユニットは連結から外れて独立行動を取る!このまま防戦一方ではらちがあかん。船団が逃げるための時間稼ぎだ。接近戦での囮をやるんだよ!」

「でもなんで私が?」

「お前のフィギュアは役に立つ、それに甘粕斧(アマカスヨキ)の娘だ、お姫様だ、あのドームでも分かったろうが、甘粕斧の名前は力があるんだよ。カリスマ性があったんだな。斧は不在でも奴にカリスマ性があったのだから、士気を上げるためには娘のお前の使い道もあるってことさ」

「そんな、姫、姫、二言目にはそれだ!」

夜々子は髪を掻きむしる。

「何か言ったか?」

「いいえ」

「それにな、お前がドームで騒ぎを起こしてくれたおかげで、ドームに不満を持ってた元傭兵連中を誘いやすくなった」

「そ、そうですか」

そうまで言われてしまえば、夜々子には何も言えなかった。

夜々子がカン・レムスの元に戻るよりも早く、後ろからT字型ユニットの一つが船団の連結から外れて側面にせり出して来る。

「こっちに来い!」

夜々子の耳に再びバルタスからの通信が入った。

「あのユニットまで飛ぶよ!」

夜々子はカン・レムスに取り付くとすぐに指示し、カン・レムスの身体を彼女自身のスラスターで浮かせた。しかしスラスターの出力が弱いのか、ちょっと浮いたままヨロヨロと動く程度だ。これでよく今までやってこれたものだ。

「動けないんなら姫だけでも来い!そいつは捨てちまえ!」

「そんな、待って下さい!」

バルタスと夜々子のやり取りを操舵手が焦れったいと思ったのか、ユニットの方から近づいて来て、その翼のような天面部を、夜々子とカン・レムスのいるユニットの天面部に接触させた。

夜々子は自らのフィギュアの機能を使い、戦闘により発生した周りに充満する渦流を操って、浮いたままのカン・レムスを押し144番ユニット天面部を滑走するように移動させた。

「力仕事は似合わないのに!いちいちこんなんじゃ役に立たない!」



×  ×  ×



「バルタス・ガルムのユニットが囮になると言ってます!」

「好きにやらせろ!」

難民船団、旗艦ユニットのブリッジで船団長代理のウルファン・ルッグが答える。そしてユニットの窓から前方に見える山の陰が巨大都市の廃墟群なのを双眼鏡で確認した。

「都市山脈か。スラタリアがくれた地図は間違ってなかったようだな」

都市に入るか盾にするか。

「端末の攻撃、いつまで続くと思う?」

ウルファンは後ろの席で不満そうな顔のフィギュアのヒトに聞いた。

「知るものか。もう2時間以上も続いてる。この場で仕留める気だろうよ」

「スラスト・クオスさん、学者なんだろ?当てにしてるんだぜ?」

「馬鹿を言うな、学者の看板はとっくに下ろしてる。学者なんてな、安全圏にいるから名乗れるようなもんだ」

「ならスラタリアで何故降りなかった」

「居住権が貰えなかっただけだ、聞くなよ」



×  ×  ×



144番だったバルタス・ガルムの囮ユニットは、船団を離れて端末に近づいていく。ユニットはその巨体で足下の端末を無理矢理押しつぶす、あるいは底部ホバーで吹き飛ばした。囮ユニットの足下でバランスを崩した端末たちがゴロゴロ転がり、周りでは渦流を含んだ空気の流れが乱れ、ユニットの一部か元々の地表の瓦礫なのか由来がもはや判別不可の破片が飛び交う。

バルタスの囮ユニットは船団を離れて端末に近づいていく。ユニットはその巨体で足下の端末を無理矢理押しつぶす、あるいは底部ホバーで吹き飛ばした。バラ ンスを崩した端末たちがゴロゴロ転がり、周りでは渦流を含んだ空気の流れが乱れ、ユニットの一部か地表の瓦礫か判別不可の破片が飛び交う。遠目ではゆっくり動いていても近づけば相当なスピードで移動していることが実感できる。囮ユニットはまともな武装がない代わりにその耐久性を武器にした。しかし、端末に致命傷を与えるまでは行かない。

カン・レムスはユニット天面から下で転がる端末に向けて実体弾を撃った。

「当たった、夜々子さん当たったよ!」

カン・レムスが無邪気にはしゃぐ。

「当たり前でしょ!こんだけ近くて外したらどうかしてる!」

「端末の動きを止めるのはユニットに任せりゃいい!お前らは取りこぼした端末を仕留めろよ!」

夜々子の耳の中でバルタスの大声が響く。夜々子は思わず通信機のボリュームを絞る。

「ほら、言われた!カン・レムス!向こう、船団に向かってるやつを撃つ!」

「ほへっ」

カン・レムスは急かされて碌に狙いも定めず勢いで撃ってしまう。

「また外した、弾無駄にして!」

逃した端末の一基が船団へと向かう。その先に、ルガッグ・ルルとクファニー・スファのいるユニットがあった。

戦闘用に改造されてはいないただの居住区ユニットだったから、多少の武装はありはしたものの端末の攻撃は防げない。端末のアームの一つが伸び、ユニットの連結器を破壊した。ルルとスファのユニットはよろけて船団からはじき飛ばされ、地表で横倒しになった。残りの船団は連結器を繋ぎ直し、そのユニットを助けることもなく去って行く。やむを得なかったのだ。

「やられる!」

「ルル君、アームの中に入って!」

スファは自分の人型フィギュアを包んでいた、背中に接続されたビッグアームを開いた。

「で、でも!」

「早く!死ぬかもしれないんだよ!大丈夫、待避カプセル代わりにはなる!」

躊躇している暇はなかった。ルルはスファに抱きつくようにビッグアームの中に入った。アームが閉じ、ルルは暗闇の中スファの体温を感じてドギマギした。そしてこんな状況でそんなことを感じてしまうなんて、と恥じた。

瞬間、端末のアームがユニット本体に振り落とされ、ユニットは瓦解した。スファのビッグアームでルルを包んだ球形の物体はユニットの外に吹き飛ばされ、地表を転がった。さらにその衝撃でアームが開いてしまい、中のルルはスファからさらに遠くへ飛ばされた。そのまま二人とも意識を失った。

ルルとスファのいた、一基の端末によって破壊されたユニットでは、端末がその三ツ目の一つから渦流の実体化した舌のようなものを出して、ユニット内でまだ生きているフィギュアのヒトの渦流魂を喰らっていた。

一方、地表に横たわったルルの元に新たな端末が近づいていた。目を覚ましたスファは相変わらず重い身体を感じ、辛うじて頭を動かしてそれを見た。

「ルル君!」

無理に体を動かそうとして、スファの渦流魂がフィギュアの外に出てしまった。

カン・レムスはいきなり囮ユニットの翼状の天面から飛び降りた。

「馬鹿!何やってるの!」

夜々子はカン・レムスを引き戻そうとしたが間に合わない。駆けてジャンプし、カン・レムスの武装フィギュアの背中に乗った。そのことで二人の地表への落下速度が速くなる。もっとも、カン・レムス一人でもそのスラスター出力の弱さから瓦礫ばかりの地表へ激突することは避けられそうになかった。

夜々子は自分の周りの渦流フィールドを板状に構成して、カン・レムスの身体の下に数枚重ね、着地時のクッションにしようとした。自分のフィギュアの機能からすればもっと良い方法が取れたかもしれないのだが、夜々子にはとっさにそれしか思いつかなかった。おかげで防御のためのシールドの方が若干手薄になる。夜々子はそこまで気が回らない。そのことがフィギュアに素直に伝わって身体機能はそれ以上働こうとしない。だから、地表へ着地するまで端末に攻撃されないことを祈るばかりだった。

これが魂の道具でもあるフィギュアを使いこなせるか否かの差かもしれないと夜々子は実感する。機能を使えるのはやはり渦流魂次第なのだ。

「あんた、なんで飛び降りた!」

夜々子は自分に対する苛立ちからカン・レムスにきつく当たってしまう。

「体が勝手に、動いて、あのフィギュアに引っ張られてる!」

「引っ張られてる?」

夜々子は落下方向の地表に一人のフィギュアが仰向けで倒れているのを見た。

クファニー・スファの近くに振り子の如く揺れてカン・レムスとその側面に取り付いた夜々子が降りて来る。

「ゆっくり、ゆっくりよ…落ち着いて」

夜々子はカ ン・レムスに優しくスラスター制御の指示をする。他人に当たっていても仕方がない。それは夜々子が自分の苛立ちを宥めるためでもあった。

「都市山脈、前面に壁があります!」

「見えてる、無線で救難要請、光信号もだ!」

双眼鏡を覗いたままの船団長代理、ウルファン・ルッグが答える。しかし、ウルファンの返答が終わらないうちに、

「壁から攻撃です!」

「廃墟とはいえあれだけの規模だ。異星人か渦流魂のヒトかは分からんが、住人がいてもおかしくない。端末を引き連れてこっちに来るなってことだよ」

スラストが答えたがウルファンは黙ったままだ。

「どうします?」

副長が聞いた。

「船団ユニットの連結解除、分散して向こうからの攻撃を避けろ!後ろの端末はどうなってる?」

「数基こちらに向かって来てますが、ほとんどはバルタスのユニットが引きつけているようです!」

「上出来だ。後ろは気にするな、都市山脈の東側、へりの壁に沿って前進だ!」

端末に何度も吹っ飛ばされてフィギュアの身体が悲鳴を上げている。ルガッグ・ルルは渦流ナイフを構えて何とか起き上がる。これも何度繰り返したか。何故一気に殺さない、遊んでるのか。

「スファは!」

ルルがよそ見をすると端末はアームを伸ばし彼の足下に叩きつけた。

端末のアームが振り上げられ、勢いそれに引きずられてルルの身体も宙に舞う。

ずっと面倒見てくれたルル君を失う訳にはいかないんだ。気持ちが先行し過ぎているスファのむき出しの渦流魂は、不確かな視覚の下、浮き上がって空中をもがいた。

そして目前にスライドして来たカン・レムスの武装フィギュアに引っ付く形になる。さらにすぐ側の排気スリットに、スファの渦流魂は吸い込まれていった。夜々子にはそれは見えず、カン・レムスは突然バランスを崩して地表に叩きつけられて、横倒しになった。

直前で飛び降りた夜々子はカン・レムスの下に戻った。着地寸前でバランスを崩したからなのか、カン・レムスのフィギュアに大きな損傷はないようだった。

「どうしたの!」

「…うーん」

夜々子の呼びかけに、カン・レムスとは別の方向から答える声があった。

声がする方向に夜々子は顔を向けたが、勘違いかと思い、カン・レムスの方に向き直った。カン・レムスの身体はいつの間にか態勢を立て直していて、起き上がり移動し始めていた。

「ちょっ」

夜々子は急いでカン・レムスのフィギュアに飛びついた。

カン・レムスのフィギュア内に侵入したスファの渦流魂は、フィギュア全体に渦流を行き渡らせて身体の主導権を奪った。そのことでスファは今までにない身の軽さを感じていた。視界が急速に開ける感覚もある。このフィギュアが本当の自分の体のように思えた。

スラスターで浮き、加速をかけて移動するカン・レムスのフィギュアは、いきなり実体弾の主砲を撃った。弾道の先には三基の端末がいて、その足下に一人の フィギュアが倒れている。実体弾はそのフィギュアに近づいた一基の端末の頭部(のように見える)箇所を貫き、吹き飛ばした。

さすがに、カン・レムスのその挙動に夜々子は異常を感じた。武装フィギュアの中心にいる人型フィギュアを覗き込む。元々簡素で豊かな表情形成がしにくいフィギュアではあるが、それでも身体全体の渦流が発するものが今までとは違う異質感を強く漂わせていた。

「あなた、誰?」

「夜々子さん、危ないですよ!」

スファの夜々子への返答には強さがあった。ルガッグ・ルルを助けたいという強い意志だ。つまり、それには夜々子は邪魔だと言外にあった。スファは2発目を撃つ。弾を食らった端末は倒れ、その背後から別の端末がこちらに向かって来る。

端末はアームをカン・レムスの、今はクファニー・スファの武装フィギュアの横っ腹に打ち当ててきた。ちょうど真正面にいた夜々子のシールドがそれを防いだが衝撃までは消すことは出来なかった。スファは吹き飛ばされながらもバランスを整えようとしたが、夜々子はスファから落ちてしまった。

自分の周りから離れていく端末に気がついたルガッグ・ルルは前方を見る。

「夜々子さん?と、あのフィギュアは?」

ルルの知らない武装フィギュアがこちらに向かって来る。

「ルル君!」

知った声だった。ルルは立ち上がろうとするがフィギュアの足が軋む。

夜々子は上体を起こすと、不完全な渦流魂がいくつか地表に落ちているのが視界に入った。それらを辿った先にスファの武装フィギュアの後ろ姿があった。このとき夜々子にはその意味が分からなかった。破壊された端末由来のものかもしれなかったからだ。

「夜々子さあああん!」

頭上で響く声が夜々子の思考を中断させて、影が夜々子を通り過ぎると、目の前にビームが着弾した。極細に調整されたビームだった。見上げると翼のようなものを広げて飛ぶ人型フィギュアがクルクルと回りながら落下していく。

「うわあああああ」

間抜けな叫び声は紛れもなく、カン・レムスのものだった。夜々子はカン・レムスを受け止めるべく、落下方向へ走った。走りながら、はっきりとした理由は分からないがカン・レムスと他のフィギュアの渦流魂が入れ替わったのだと理解した。

じゃあ、あのビームは? あれは上から来た。ジャンプはしても端末は空は飛ばない。それはフィギュアのヒトもそうだし、異星人の船も飛行制限されている。とすると宇宙からか。カン・レムスをかすめただけで消滅させるつもりはないらしいから、警告なんだ。おそらく裁定者の。夜々子はそう推測した。

カン・レムスが身体を何とか安定させた瞬間、端末の一基が迫って来た。

「ぶつかる!」

「その背中の大きな手、手なら丸めてパンチが撃てるでしょう!」

夜々子はカン・レムスを追いながら叫んだ。自分でも無茶だと思った。しかし、意外にもカン・レムスはそれを成し遂げた。

背中の、ビッグアームの一つで端末をぶん殴る。端末がそのまま吹き飛んで地表を転がるほどの力があった。

「よくやった、褒めてあげる!」

夜々子はパンチを繰り出したせいで再び安定を失って回転落下するカン・レムスを、渦流シールドを使って衝撃吸収し、抱き留めた。

立ち上がれないルガッグ・ルルの前、盾になるようにクファニー・スファが停止し、端末に向けてサイドパックからミサイルを発射した。カン・レムスも知らない、外部からも判別出来ない隠し武装だった。二基の端末はそれをまともにくらい、破裂してその中身の渦流魂をぶち撒けた。

「スファなのか?」

「大丈夫、私、ルル君を守れるよ!」

スファの気持ちは喜びに満ちていて、それが行動に現れる。機能解放された武装を全て使うつもりだった。武装フィギュア内、スタンドアローンのデータベースへのアクセス権を、スファは得ていた。視界が開ける感覚はそこから来ていた。アクセス権といっても、全ての情報を得たかどうかは定かではない。機能がスタンドアローンなのは、裁定者に察知されないためだったのかも知れない。裁定者はそれを危険と判断して魂の入れ替えをしたのかも知れない。いずれにせよ、スファはそこまでは考えなかった。

むしろ、ルルの方がスファの武装フィギュアを冷静に見ていた。フィギュア造形師見習いとして、当然ではあった。ルルは、武器とは別に、武装フィギュアの背部に位置する排気スリットらしき箇所から、渦流魂が次々と排出されているのに気がついた。それが何を意味するのか、ルルには一つの考えが浮かんだが、フィギュアならともかく、渦流魂の専門家でもないルルは確信が持てなかった。戦闘に集中しているスファに聞くこともためらった。

だが、端末のスファに対する反応が、ルルの推測を補強することになった。

端末たちは距離を置きながらルガッグ・ルルとクファニー・スファの二人を取り囲み、精査するように回っていた。攻撃は止んだ。ルルとスファ、二人とも強い緊張を保ったまま端末の出方を伺っている。端末の三ツ目が光り一定のリズムを刻んでそれが他の端末たちに伝播した。何らかのやり取りをしているようだった。 光の明滅は遠くの端末群でも見られた。

「端末の動き、止まってる!やるなら今だよ!」

カン・レムスが翼を広げて再び飛ぼうとする。

「やめなさい、また撃ち落とされるわよ。今度は殺されるかも」

夜々子がカン・レムスを抑えた。その二人の側に、バルタスの囮になったユニットが滑り込んできた。

夜々子の通信機に再びバルタスの大声が響いて、夜々子は思わず耳を塞ぐ。

「助産師が確認したいって言ってるんだ。お前らがあの端末に取り囲まれてる武装フィギュアまで連れてってやれないか。ユニットの図体じゃ無理だ」

「端末、大丈夫なんですか?」

「学者先生が今のうちだって言ってるんだよ!」

ユニットから中年と思わしき女性のフィギュアが降りてきた。

「悪いわね。でも大事なことなのよ」

カン・レムスに助産師の女性をビッグアームの片方で抱えさせ、ほぼ直立のまま、低空ホバーで地表を移動した。夜々子はその横を走る。

「あのユニット、助産師さんが乗ってたんですか」

「端末との戦闘のあとは渦流魂の赤ちゃんの回収があるからね、珍しくはないわ。看護兵の代わりもやるし。まあ、あたしの場合、自分の住んでた居住区ユニットがいつの間にか戦闘艦に改造されちゃって、他に移る暇なかっただけなんだけれど…端末が、離れてくわよ!」

明滅を止めた端末数基がその背後、遠くに佇む端末の群れへと帰っていく。

「やっぱり…。あれ、渦流魂の赤ちゃんじゃないの⁉︎」

「ええっ、でもあれ、武装フィギュアから出てますよ?」

「あの渦流魂の光、間違いない、赤ちゃんよ」

夜々子には渦流魂の赤児を運んで来るのは端末であるという常識が邪魔をして、すぐには信じられない。

「フィギュアのヒトが赤ちゃん産むなんて、そんなことあるんですか⁉︎」

「よく分からないけれど、もし本当なら奇跡ね」

そう言って助産師はバルタスのユニットに通信機で状況を伝えた。ルルとスファの周りに渦流魂の赤児が溢れ光輝いている。スファも自身が引き起こした事態にようやく気づいた。

スファにしてみればただ困惑するしかない。

「わ、私は、何もしてないんだよ…」

スファは顔を赤らめてルルに弁明するかのように言ったが、ルルの顔を直視出来なかった。それはルガッグ・ルルも同じだった。二人とも何故そんな反応になってしまうのかも分からなかった。フィギュアの身体の方が勝手にそんな反応をしているのではないかという気さえした。そしてそのまま、二人が成したことの意味が周りから押し付けられていく。



×  ×  ×



やがて、難民船団の旗艦ユニットがやって来た。端末の脅威が去ったことでバラバラになった船団の全てのユニットが停止し、負傷者の収容と手当てにあたっていた。

バルタスのユニットの横に停まった旗艦ユニットから、スラスト・クオスが飛び出して来て、クファニー・スファとルガッグ・ルルのもとへ走って行く。同じくユニットの外に出た船団長代理のウルファン・ルッグは、スラストははしゃいでいると思った。今まで不満ばかり漏らしていたのが嘘のようだ。

ウルファンは、バルタスのユニットの側に立つ夜々子の方へ歩いた。夜々子は多くの人々に取り囲まれているスファとルルを遠くに見ている。その傍らに、背中に大きな手のようなものを付けたフィギュアの少女が地表に足を伸ばして座っていた。

「よう」

ウルファンが声をかけた。

夜々子が、ウルファンが病に臥せっている船団長の代理に過ぎないことを知ったのはほんの数日前のことだ。ウルファンでなければドーム・コミュ・スラタリアでの夜々子の行為は許されなかったかも知れない。だから、夜々子はウルファンに感謝していた。

「私はあの二人のこと、何も知らないんですよ」

「でも、我々にとっちゃ、大事な存在だ。お前さんと一緒さ」

「そう…ですよね」

「言い方悪いが都市山脈の連中との交渉にはいいカードになる。学者先生がしつこく言うんでさっそく使ってみたら向こうの攻撃が止んだんだよ」

「相変わらず、やること素早いんですね」

夜々子は自分より背の高いウルファンを見上げる。

まだ青年らしさを残したフィギュアは生気の逞しさを漂わせていたが、その若々しさは何処と無く頼りなさげにも見えた。

「ついでにな、甘粕斧の名前も出してみた」

「なっ!」

「悪かったとは思ってるよ。保険のつもりだった。しかしな、驚いたよ、向こうはなんで甘粕斧を知ってると返して来た」

「本当ですか」

「正直、引いたよ。どこまで便利な名前なんだってな」

「…娘の私だって引きます」

「お前のことまでは言ってないぜ。そこまで酷い男じゃないつもりだ。でもな、その場しのぎで何のビジョンもない俺にしてみれば使えるカードだ」

「都市山脈に、落ち着くつもりなんですか?」

夜々子はすぐには答えられなかったので、話の矛先を逸らした。

「選択肢の一つだよ。このまま当てもなく逃げ続けても疲弊するだけだ。落ち着けなければ道を選ぶことも出来ないだろ?」

それは夜々子個人に向けられた言葉でもあった。

ドーム・コミュ・スラタリアでもそうだったが、甘粕斧という父の名前は、夜々子自身にとってあまりにも大きい存在で、ただ個人的な気持ちを晴らすだけでは扱い切れないものだった。スラタリアでの行為は、父の名前から自由になりたいためでもあったのだが、夜々子は自分でそれを自分勝手だとも感じてしまった。そのことで夜々子は自分の逃げ場を塞いでしまっている所もあった。その自分を縛る方向に持って行きがちな所は、妹かもしれない元素子にも似ていて、姉妹らしくもある。いずれにせよ、夜々子自身、選択肢は限られているように見えた。これから自分は父に正面から向かい合わなくてはならないのだろう。


そう持って行ってしまう自分の心根も、夜々子には嫌だった。

テーマ : 創作・オリジナル
ジャンル : アニメ・コミック

小説「渦流の国の少女・ピルグリムあるいは巡礼船団の姫」イメージ

榊夜々子イメージ。
榊夜々子

武装外骨格フィギュア体カン・レムス、イメージ。
武装外骨格カン・レムス

テーマ : 創作・オリジナル
ジャンル : アニメ・コミック

渦流の国の少女・インターバル特別編「渦流魂の花粉症」

ドーム・コミュ「スラタリア」総合高校生徒会会長のノース・ノキユがマスクに眼鏡装着で定例会議に現れた時には、生徒会のメンバー全員が驚愕した。

「ノキユ、どうしたの、その格好!?」

ハルモ・ルニーが開口一番に聞いた。

「だ、だんでもないわ。会議始めましょう」

なんでもないわ、と言いたかったらしい。明らかに鼻声だった。

「風邪引いてんのか。無理しなくてもいいんだぞ。保健室行け。あとは俺が仕切る。そんなに大事な案件があるわけでもないはずだ」

「べ、別に、風邪ではないわ。熱なかったもの。フィギュアの調子が悪いのかもしれないだけよ」

フェイクス・オリジの心配に、ノキユは意地を張って言った。

「じゃあ、今日の議題だけど、わ、わっくしょい!」

ノキユはマスクが口から浮き上がるほどの大きなくしゃみをした。そして、恥ずかしかったのか、そのまま教壇の下に隠れてしまった。

「だから、言わんこっちゃない」

フェイクスが促すのを待たずにハルモが鞄からポケットティッシュをいくつか取り出して教壇の後ろでしゃがんだまま出てこれないノキユに渡した。

ティッシュでぶーっ、ぶーっ、と鼻をかむ音がして、ノキユは恥ずかしさでますますそこから動けなくなった。

「いいから、ハルモ、付き添ってやってやれよ」

ハルモに促されてノキユはようやく立ち上がり、鼻をズルズルすすりながら保健室へと、定例会議のために借りている教室から出て行った。

やれやれ、とフェイクスは教室の一番後ろの席から立ち上がり、教壇に立った。こういうの苦手なんだけどな。そしてノキユが用意してきたレジュメに目を通した。

目を通している間、生徒会のメンバーの一人が手を上げて発言した。

「あ、あの、生徒会長みたいな症状のヒトが最近増えてるんですよ」

その発言を証明するように、ノキユのレジュメにも同じことが書かれていた。

「花粉症問題について」と題され、ノキユらしく綿密な聞き取りをしたのか、その症状が詳しくリストアップされていた。

「そんなに問題になってるのか?」

「いや、まだそれ程ではないようだけど、患者が増えてくるとまずいことになるんじゃないか?」

別のメンバーが言った。

フェイクス自体、そうのような症状はまったくなかったのでほぼ無関心だったのだが、ノキユは自分がそうなってしまったこともあり、早めに手を打とうとしたのだろう。

花粉症については授業で習ったくらいで、太古の「人間」がかかる病気という程度の知識くらいしかなかった。ドームの地下図書館の古文書を丹念に当たれば対処方法も見つかるかもしれないが、それは「人間」に対してのものだ。渦流魂(ウズルコン)と呼ばれた物理的に存在する「魂」だけの自分たちに通用するとは思えなかった。

まさか、渦流魂の自分たちにとっての外敵でありながら、生命の源である「渦源流(ウズゲンリュウ)」が放ったウィルスか何かか?それとも、地球を外から観察しているだけの星国の「裁定者」が俺たちの進化を妨害するためにやったことなのか?

だったら、大事になる可能性がある。

フェイクスは杞憂かもしれないと思いつつ、生徒会のメンバーに引き続き調査するよう指示を出して、ノキユが連れられた学校の保健室へと向かった。

保健室ではノキユはベッドに寝かされ、ハルモが呼んだのか、九重・ヴァン・花蓮先生も様子を見に来ていた。九重は保健医も兼ねていたからだ。

「人間」がかかる「花粉症」の症状はあるものの、風邪ではなさそうだったのでノース・ノキユの意識ははっきりしていた。

「フィギュア、着替えればいいんじゃないかな」

ファッション感覚で、「服」感覚でしょっちゅうフィギュアという、魂、渦流魂の器を「着替える」ハルモは軽々しく言った。

「そう簡単に言うなよ。渦流魂と身体であるフィギュアの相性はデリケートなんだぜ」

フェイクスはフィギュアの看護師を目指している妹のトウナ・オリジの受け売りで言った。

「ハルモはどうなんだ。花粉症の症状出てないのか」

「うん、風邪は引くけど、こういうのは初めて見る」

「せ、先生は何かし、し、ふぇっくしょい!」

「だからお前は黙ってろよ」

「ヒトの気も知らないで。辛いのよ?」

ノキユはくしゃみ、と鼻から流れ出て止まることのない液状の渦流(鼻水)、目のかゆみに悩まされていた。

「私も経験が無いからよく分からなくてな。最悪、ハルモ君の言うことも一理あるかもしれん。一時的に渦流魂を別のフィギュアに移して、今のノキユ君のフィギュアを全身洗浄するか」

「渦源流の新たな攻撃、あるいは裁定者の仕業ってことはないんですか。対応遅れると大変なことになりますよ」

「それも考慮しよう。いま診療所のビアンミニ先生を呼んでる。しばらく我慢しててくれ」


「花粉症」の患者が増えているのか、ビアンミニは多忙で、その代わりビアンミニのワークショップでフィギュアのメンテナンスの勉強をしているフェイクスの妹、トウナが代わりにやって来た。

そして、ノキユの簡単な診察をした。

「お前で大丈夫なのかよ?」

「お兄ちゃん、馬鹿にしないで。これでもちゃんと教わってるんだから」

「それで、どうなんだね」

九重が聞いた。

「洗浄は必要だけれど、それほど大事ではないです。外付けの浄化装置で渦流を循環させればすぐに楽になりますよ」

「そうなの…よがったわ。トウナさんありがどう」

ノキユは鼻声で礼を言う。

「それで、原因は何だか分かってるのかね?」

「ドーム外瓦礫の細かい破片やチリに対するアレルギー反応かとも考えられたんですが、今まで長い間私たちその環境で平気で生きてきたから、それはないかもって先生言ってました」

「とすると?」

「ドーム内での生活ですね。太古の『人間』の真似して作った環境、自然物とか、それらが原因で引き起こされたものじゃないかって」

「『人間』の真似事をしたから、『人間』と同じ病気にかかるようになったってことか…やれやれ」

そういって、とりあえず安心したフェイクスは保健室から離れた。出た途端何となく鼻の奥でもぞ痒い感じがした。

「…ん?…まさかな…」

まだ開いたままの保健室の扉の奥から妹のトウナの声がした。

「あ、『花粉症』って、いきなり来るらしいから、お兄ちゃんも気をつけてね」


おしまい。

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ジャンル : アニメ・コミック

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Author:tobofu
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でアニメ感想系まがいのことをやっていますが、こちらはオリジナル創作漫画、小説の発表用のブログです(時間がないときや事情によってはアイデア、プロットレベルのものを提示するのみ、になってしまうかもしれません)。
その他総合的なプロフィールはhttp://www.geocities.jp/tobofu/
参照。

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