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渦流の国の少女・ピルグリム編

五階建てほどのT字型のビルが数百基連結され、列車のごとく瓦礫の荒れ地を進む。難民船団エクソダス。ドーム・コミュ・スラタリアでなけなしの補給を受けてその地からある程度の距離を離れた途端、大量の端末が出現した。難民船団の住人達は覚悟の上だった。すかさず老若男女構わず動ける者は戦闘態勢に入った。

端末。渦源流(ウズゲンリュウ)と呼ばれた、どこにあるとも分からない存在から派遣される自動生物機械。渦流魂(ウズルコン)と呼ばれ、魂だけの存在になったヒトを狩る魔物。その端末に対抗すべくヒトは魂の器であるフィギュアと呼ばれた身体を身に纏って大昔から自らを守ってきた。端末は渦流魂のヒトを一方的に狩るだけではない。成熟した魂を取り込み、渦源流に帰還して、新しい渦流魂の赤児を運んでくるコウノトリでもあった。そんな奇妙なサイクルがあったから端末も一方的にヒトを根絶やしにすることもせず、渦流魂のヒトも新しい命を授かることが出来ていた。

「だけど、今生きてるヒトを見捨てるのは嫌だ!」

榊夜々子(サカキヤヤコ)は船団ユニットの一基の天井ハッチから外へ出ようとする。すかさず前方、端末の攻撃で大破したユニットの破片が風に流されてきて、慌ててハッチを閉じた。

「姫としては、狙い通りってとこか?」

ドーム・コミュ・スラタリアを出発してすぐ、若い船団長に言われた。ドーム・コミュの騒ぎで謝罪の意味もあったのか、補給物資を普段より弾んでもらえたのだ。

「やってみるものね」

「どこまで本気だった?」

「どこまでって、最初からよ」

嘘だったが、全く打算がないわけではなかった。個人的な、自分勝手な動機で船団の皆に迷惑をかけるほど子供じゃない。

「でも姫って止めてくれません?柄じゃないです」

「あの斧(ヨキ)の娘なんだから姫だろう」

船団長は夜々子の背中を軽く叩いた。彼女はそれを押しつけがましく感じた。

緊迫した状況とちょっとした苛立たしさを抱えたまま、夜々子は再びハッチを開く。大破したユニットは他のユニットを巻き込まないよう、連結器を外されて横に押し流されていった。天井の目の前には背中に大砲のバックパック抱えた少女、カン・レムスが破片に当たることもなく踏ん張って応戦していた。が、泣きべそをかいていた。

「ふええっ、当たらないよぉ」

カン・レムスの側に異星の男性整備士が付いていた。整備士は近づいてきた夜々子の姿を認めて言う。

「砲身はズレてない。こいつの腕の問題だな」

「でしょうね」

「これ以上お宝実体弾を使わせるのは無駄だ。あとはお姫さんが何とか説得してくれ。役に立たなきゃ下がらせろ」

「ええ、協力感謝します。渦流魂のフィギュアのヒト以外には関係ないです。早くユニットの中へ!」

「俺に出来る事ありゃいいんだけどな、長距離攻撃型なのに的に当てられなきゃ意味がない」

「えっと、引き留めてごめんなさい、このバックパック別のに換装出来ませんか?」

「換装どころか、このバックパックがこいつの本体だよ。中の女のフィギュアはそれを支えるための足でしかない。魂は大砲の方にある」

「えっ!?」

「知らなかったのか?」

夜々子は泣きじゃくって涙を手で拭っている少女のフィギュアを見た。

「悪いな!」

整備士はそう言うと夜々子が出てきたハッチからユニット内へ入っていった。

魂は大砲にあって感情表現はヒト型フィギュアでやるのか。それで手がかかるのかこの子。

「あたし…役立たずなのかな?」

その弱音を聞いて夜々子はため息をつき、カン・レムスに向き直る。

二人がそうしている間にも端末の三ツ目(それは口にもなった)から放たれる渦流のビームが飛び交っている。

カン・レムスは自動で、というか無意識で、渦流シールドを展開しビームを弾いていた。そいうところはしっかりしてる。

「目は、照準器は見てもらったの?」

「目も特に異常ないって…」

魂と身体(武装)の連携が上手く行ってないのか。ゆっくり原因を探っている暇はなかった。難民船団と並行して進む百数体の端末の列が、地表をバウンドしながら徐々に距離を詰めてきていた。

「私が目になるから!言うとおりの方角に撃って!」

夜々子はカン・レムスのヒト型フィギュアの前、泡のように現れては消えていく渦流シールド群の後ろ、の間に滑り込んで跪き準備態勢を取る。

「シールドでちゃんとビーム防いでよ!残弾どのくらい?」

カン・レムスの少女のフィギュアが、それに覆い被さるように背負っている、本体である武装バックパック、そのサイド・パックのいくつかのハッチを開いて確認する。

「ヒト型のフィギュア使うんだ?」

「うん、簡単なメンテは自分でやるから…。お宝弾が10、渦流燃料のタンクが2、ただの足代わりじゃないです」

整備士に「足」だと言われたことが悔しかったのか。バックパック後ろ下の、2本の衝撃吸収装置とヒト型の足と併せて四つ足の動物のようにも見える。

「まずお宝実体弾で確実にいくつか仕留める、いいね?」

端末は渦流魂のヒトと同じく渦流のシールドを張っているからエネルギー弾である渦流弾では貫けず、実体弾が必要になる。渦流弾は渦流魂の気力で供給するので残弾を気にすることはない。しかし実体弾は単純に数に限りがある。もちろん、渦流弾でも気力が落ちればエネルギー形成も出来なくなるので無限ではない。渦流燃料はそのためのバックアップとして必要だった。

ドーム・コミュ・スラタリアで、スカラ・テングというフィギュア造型師から貰った夜々子の新しいフィギュアは、かつての人間らしさと機械のハイブリッドというコンセプトらしく、その目は船団ユニットに備え付けられた砲台から打ち出された砲弾の弾道を一つも漏らさず捉えることが出来た。

「装填、10時方向」

夜々子は目標の端末が射程に入るのを数秒待って、叫ぶ。

「撃て!」

爆音とともに空気振動が上から夜々子の身体を包んだ。その寸前に鼓膜を保護するためのシャッターが耳の奥で自動的に閉まるのを感じた。

弾は当たらなかった。

夜々子の目はカン・レムスの主砲が放った二つの砲弾の動きを正確に追い、弾が端末の張ったシールドを貫く様まで捉えた。端末が避けたのではなく最初からこちらの弾道がズレていたのだ。微調整までは言葉のやり取りでは無理か。夜々子は自分のイメージでは間違いないのに実際の手足がその通りに動いてくれないもどかしさに似たものを感じた。こんな時はどうするんだろう。渦流魂を直接武装に連携させるのか。戦闘に有利なフィギュアを貰っておきながら己の戦闘経験の無さを呪った。

このままやるなら無理矢理な接近戦しかないか。

「ふえっ」

不意に向けられた夜々子の視線を、自分が責められてると取ったカン・レムスが目を逸らす。格闘戦用のバックパックでもあれば。こんなことならあのドーム・コミュからキグルミを一体でもせしめておくんだった。



×  ×  ×



一つ後ろのユニットの窓から、夜々子が関節球を外さない渦流噴射のジャンプでカン・レムスから一旦離れるのを、渦流魂のヒトの少年、ルガッグ・ルルは見た。

「夜々子さん、フィギュア変えたんだ」

自分も渦流魂のヒトでありながら、外見が変わっても中の魂の個性でそのヒトだと分かることの不思議さに改めて驚く。

華奢だが、制服越しでも程よいバランスのフィギュアの体つき、肩まで伸びたウェーブがかった髪が風で揺れて様になっていた。スカラから貰ったフィギュアは黒髪ストレートロングだったのだが夜々子自身は気に入らず、メンテ師に前のフィギュアの髪型に近いものに戻して貰ったのだ。

フィギュアの見た目の良さはその素体の良さに中のヒトである渦流魂自体の心根の良さもプラスされるから、ルルの感じ方はあながち遠くはない。が、ルルという少年の憧憬心を伴った過剰なフィルターを通して見えていることは、少なからずあった。

「ルル君、無理して私に付き合うことはないんだよ」

ルガッグ・ルルの側、背中に接続された大きな二つの掌のようなものに包まれたフィギュアの少女が言った。

「スファ、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

「ルル君は分かりやすいね。丸わかりだよ」

クファニー・スファはルルの動揺を可愛いと思った。

ルルとスファの魂年齢はほぼ同じだが、端から見てもその有り様ではスファの方が年上に感じられる。だからスファはルルの夜々子に対する憧憬心もよく分かっている。自らの身体の不自由さとの比較も含めて夜々子に嫉妬は感じるが、ルルの可愛さを生ませたのは夜々子がいるからとも思ったので気持ちは複雑だ。

気持ちはあれこれ先行しても身体が付いてきてくれないのでスファはもう諦めかけていた。渦流魂とフィギュアの相性が悪いのだろうか、この大きな掌付きのフィギュアがあまりにも重く感じられてほとんど動くことが出来ない。かといってフィギュアから抜け出すことも出来ないし、他の普通のフィギュアに移ることも出来なかった。

渦流魂とフィギュアを無理矢理切り離せば魂が死んでしまうだろうと、幼い頃からスファの世話をしてくれた異星のフィギュア造型師は言っていた。あらゆる手を尽くした結果がその言葉だった。難民船団がドーム・コミュ・スラタリアに辿り着く直前の端末群の攻撃で、その親代わりでもあったフィギュア造型師は亡くなって、後は弟子だったルガッグ・ルルがスファの面倒をずっと看ている。しかしそれももう限界かもしれなかった。

夜々子は戦況の全容を確認するため、カン・レムスから一旦離れ船団の中央まで飛んだ。スカラから貰った新しいフィギュアの取説には球体関節を外さず渦流噴射でジャンプ出来る新機能が記されており、それを今初めて試した。内部の自分の渦流をフィギュア皮膚表面から粒子状に身体全体に拡散し、卵状にフィギュアを包んで渦流の流れを姿勢制御として使い、身体を移動させる方式だった。もちろん渦流魂自体の意志は夜々子によるものだったが、フィギュア内部からコントロールするのではなくて外部に渦流粒子を対流させる。逆にフィギュアを外側に出た魂の力で操ると言った表現が妥当か。しかも死んだ渦流魂の渦流が近場に存在すればそれを燃料として皮膚から吸収、エネルギーに転換するシステムを有する。端末から飛び散ったもの、フィギュアから出たもの関係なく利用出来る。シールドやソード、ワイヤー等への形状変換も可能であり、故に、戦場では強力なシステムになりえた。極端に言えば自らの渦流魂を使わなくても良く、さらに夜々子本人のフィギュアが破壊されてもその破片のフレームブースター内の微細チップが作動する。死人の魂の欠片を吸収して、器であるフィギュアを必要とせずとも魂のままヒトノカタチを維持することが原理的には可能、と取説には書かれてあったような気がした。

しかし繰り返すが、夜々子には身一つでの戦闘経験がない。とてもじゃないがそんな高機能を使いこなせる自信はなかった。

夜々子のフィギュアを卵状に包んだ渦流の粒子は、姿勢制御と移動のためのスラスター代わりにも、夜々子を包むことでシールド代わりにもなった。端から見れば、夜々子は通常の関節球を外さない、フィギュアの各部を一度分離させて行う渦流噴射をせずに、ただ魔法的な力で跳躍しているように見えた。

ルガッグ・ルルは純粋な夜々子への憧れもあったがそれに加えて、フィギュア造型師見習いの好奇心から非常に惹きつけられる物があったのだ。

「あの技術、スファに利用出来たらいいのにな」

「無理だって、役立たずの渦流魂には何の恩恵も与えられないよ」

「何とかあの技術学べないかなあ」

「夜々子さんにお近づきになりたいからでしょ」

「違うよ、そんなことない、アレがあればスファは自由に動けるはずだよ!」

「…ありがと」

最後のスファの言葉は、ルルに聞こえないように言った。



×  ×  ×



大量の端末群は、難民船団に並行して距離を縮めながら決して諦めることなく、引っ付いてきていた。

ここで殲滅するつもりかもしれない。端末の本拠地、渦源流の渦流魂の赤児を生み出す役割はこれまでの事象から一応の確認は取れている。赤児のために成熟した活きのいい渦流魂を狩るらしいから、渦流魂のヒト全体を殲滅することはあり得ないだろうという、無根拠ではなかったが、所詮はこちらの希望的観測で対応するしかなかった。ジャンプしつつ残った数の船団の中央に着地した夜々子はそんなことを思った。これでは消耗戦だ。自分は渦流粒子のバリアで守られているが、私一人が生き残っていても仕方がない。

ジャンプの途中、端末の攻撃をまともに受けたユニット側面で大勢の渦流魂のヒト達がお互い手を組み合い、充分ではないはずの魂の気力をもって大きな渦流シールドを張り、覚悟を決めたのか盾となり、さらにそれが容易に粉砕されるのを目撃してしまえば、いたたまれなくなる。

夜々子のフィギュア耳の無線機のコールが鳴った。相手は一方的にまくし立ててきた。

「お前ら何チンタラやってんだ。その自律砲台を連れてこっちに協力しろ。姫なら士気も上がる」

「誰ですか」

「144番ユニット長のバルタス・ガルムだ!本ユニットは連結から外れて独立行動を取る!このまま防戦一方ではらちがあかん。船団が逃げるための時間稼ぎだ。接近戦での囮をやるんだよ!」

「でもなんで私が?」

「お前のフィギュアは役に立つ、それに甘粕斧(アマカスヨキ)の娘だ、お姫様だ、あのドームでも分かったろうが、甘粕斧の名前は力があるんだよ。カリスマ性があったんだな。斧は不在でも奴にカリスマ性があったのだから、士気を上げるためには娘のお前の使い道もあるってことさ」

「そんな、姫、姫、二言目にはそれだ!」

夜々子は髪を掻きむしる。

「何か言ったか?」

「いいえ」

「それにな、お前がドームで騒ぎを起こしてくれたおかげで、ドームに不満を持ってた元傭兵連中を誘いやすくなった」

「そ、そうですか」

そうまで言われてしまえば、夜々子には何も言えなかった。

夜々子がカン・レムスの元に戻るよりも早く、後ろからT字型ユニットの一つが船団の連結から外れて側面にせり出して来る。

「こっちに来い!」

夜々子の耳に再びバルタスからの通信が入った。

「あのユニットまで飛ぶよ!」

夜々子はカン・レムスに取り付くとすぐに指示し、カン・レムスの身体を彼女自身のスラスターで浮かせた。しかしスラスターの出力が弱いのか、ちょっと浮いたままヨロヨロと動く程度だ。これでよく今までやってこれたものだ。

「動けないんなら姫だけでも来い!そいつは捨てちまえ!」

「そんな、待って下さい!」

バルタスと夜々子のやり取りを操舵手が焦れったいと思ったのか、ユニットの方から近づいて来て、その翼のような天面部を、夜々子とカン・レムスのいるユニットの天面部に接触させた。

夜々子は自らのフィギュアの機能を使い、戦闘により発生した周りに充満する渦流を操って、浮いたままのカン・レムスを押し144番ユニット天面部を滑走するように移動させた。

「力仕事は似合わないのに!いちいちこんなんじゃ役に立たない!」



×  ×  ×



「バルタス・ガルムのユニットが囮になると言ってます!」

「好きにやらせろ!」

難民船団、旗艦ユニットのブリッジで船団長代理のウルファン・ルッグが答える。そしてユニットの窓から前方に見える山の陰が巨大都市の廃墟群なのを双眼鏡で確認した。

「都市山脈か。スラタリアがくれた地図は間違ってなかったようだな」

都市に入るか盾にするか。

「端末の攻撃、いつまで続くと思う?」

ウルファンは後ろの席で不満そうな顔のフィギュアのヒトに聞いた。

「知るものか。もう2時間以上も続いてる。この場で仕留める気だろうよ」

「スラスト・クオスさん、学者なんだろ?当てにしてるんだぜ?」

「馬鹿を言うな、学者の看板はとっくに下ろしてる。学者なんてな、安全圏にいるから名乗れるようなもんだ」

「ならスラタリアで何故降りなかった」

「居住権が貰えなかっただけだ、聞くなよ」



×  ×  ×



144番だったバルタス・ガルムの囮ユニットは、船団を離れて端末に近づいていく。ユニットはその巨体で足下の端末を無理矢理押しつぶす、あるいは底部ホバーで吹き飛ばした。囮ユニットの足下でバランスを崩した端末たちがゴロゴロ転がり、周りでは渦流を含んだ空気の流れが乱れ、ユニットの一部か元々の地表の瓦礫なのか由来がもはや判別不可の破片が飛び交う。

バルタスの囮ユニットは船団を離れて端末に近づいていく。ユニットはその巨体で足下の端末を無理矢理押しつぶす、あるいは底部ホバーで吹き飛ばした。バラ ンスを崩した端末たちがゴロゴロ転がり、周りでは渦流を含んだ空気の流れが乱れ、ユニットの一部か地表の瓦礫か判別不可の破片が飛び交う。遠目ではゆっくり動いていても近づけば相当なスピードで移動していることが実感できる。囮ユニットはまともな武装がない代わりにその耐久性を武器にした。しかし、端末に致命傷を与えるまでは行かない。

カン・レムスはユニット天面から下で転がる端末に向けて実体弾を撃った。

「当たった、夜々子さん当たったよ!」

カン・レムスが無邪気にはしゃぐ。

「当たり前でしょ!こんだけ近くて外したらどうかしてる!」

「端末の動きを止めるのはユニットに任せりゃいい!お前らは取りこぼした端末を仕留めろよ!」

夜々子の耳の中でバルタスの大声が響く。夜々子は思わず通信機のボリュームを絞る。

「ほら、言われた!カン・レムス!向こう、船団に向かってるやつを撃つ!」

「ほへっ」

カン・レムスは急かされて碌に狙いも定めず勢いで撃ってしまう。

「また外した、弾無駄にして!」

逃した端末の一基が船団へと向かう。その先に、ルガッグ・ルルとクファニー・スファのいるユニットがあった。

戦闘用に改造されてはいないただの居住区ユニットだったから、多少の武装はありはしたものの端末の攻撃は防げない。端末のアームの一つが伸び、ユニットの連結器を破壊した。ルルとスファのユニットはよろけて船団からはじき飛ばされ、地表で横倒しになった。残りの船団は連結器を繋ぎ直し、そのユニットを助けることもなく去って行く。やむを得なかったのだ。

「やられる!」

「ルル君、アームの中に入って!」

スファは自分の人型フィギュアを包んでいた、背中に接続されたビッグアームを開いた。

「で、でも!」

「早く!死ぬかもしれないんだよ!大丈夫、待避カプセル代わりにはなる!」

躊躇している暇はなかった。ルルはスファに抱きつくようにビッグアームの中に入った。アームが閉じ、ルルは暗闇の中スファの体温を感じてドギマギした。そしてこんな状況でそんなことを感じてしまうなんて、と恥じた。

瞬間、端末のアームがユニット本体に振り落とされ、ユニットは瓦解した。スファのビッグアームでルルを包んだ球形の物体はユニットの外に吹き飛ばされ、地表を転がった。さらにその衝撃でアームが開いてしまい、中のルルはスファからさらに遠くへ飛ばされた。そのまま二人とも意識を失った。

ルルとスファのいた、一基の端末によって破壊されたユニットでは、端末がその三ツ目の一つから渦流の実体化した舌のようなものを出して、ユニット内でまだ生きているフィギュアのヒトの渦流魂を喰らっていた。

一方、地表に横たわったルルの元に新たな端末が近づいていた。目を覚ましたスファは相変わらず重い身体を感じ、辛うじて頭を動かしてそれを見た。

「ルル君!」

無理に体を動かそうとして、スファの渦流魂がフィギュアの外に出てしまった。

カン・レムスはいきなり囮ユニットの翼状の天面から飛び降りた。

「馬鹿!何やってるの!」

夜々子はカン・レムスを引き戻そうとしたが間に合わない。駆けてジャンプし、カン・レムスの武装フィギュアの背中に乗った。そのことで二人の地表への落下速度が速くなる。もっとも、カン・レムス一人でもそのスラスター出力の弱さから瓦礫ばかりの地表へ激突することは避けられそうになかった。

夜々子は自分の周りの渦流フィールドを板状に構成して、カン・レムスの身体の下に数枚重ね、着地時のクッションにしようとした。自分のフィギュアの機能からすればもっと良い方法が取れたかもしれないのだが、夜々子にはとっさにそれしか思いつかなかった。おかげで防御のためのシールドの方が若干手薄になる。夜々子はそこまで気が回らない。そのことがフィギュアに素直に伝わって身体機能はそれ以上働こうとしない。だから、地表へ着地するまで端末に攻撃されないことを祈るばかりだった。

これが魂の道具でもあるフィギュアを使いこなせるか否かの差かもしれないと夜々子は実感する。機能を使えるのはやはり渦流魂次第なのだ。

「あんた、なんで飛び降りた!」

夜々子は自分に対する苛立ちからカン・レムスにきつく当たってしまう。

「体が勝手に、動いて、あのフィギュアに引っ張られてる!」

「引っ張られてる?」

夜々子は落下方向の地表に一人のフィギュアが仰向けで倒れているのを見た。

クファニー・スファの近くに振り子の如く揺れてカン・レムスとその側面に取り付いた夜々子が降りて来る。

「ゆっくり、ゆっくりよ…落ち着いて」

夜々子はカ ン・レムスに優しくスラスター制御の指示をする。他人に当たっていても仕方がない。それは夜々子が自分の苛立ちを宥めるためでもあった。

「都市山脈、前面に壁があります!」

「見えてる、無線で救難要請、光信号もだ!」

双眼鏡を覗いたままの船団長代理、ウルファン・ルッグが答える。しかし、ウルファンの返答が終わらないうちに、

「壁から攻撃です!」

「廃墟とはいえあれだけの規模だ。異星人か渦流魂のヒトかは分からんが、住人がいてもおかしくない。端末を引き連れてこっちに来るなってことだよ」

スラストが答えたがウルファンは黙ったままだ。

「どうします?」

副長が聞いた。

「船団ユニットの連結解除、分散して向こうからの攻撃を避けろ!後ろの端末はどうなってる?」

「数基こちらに向かって来てますが、ほとんどはバルタスのユニットが引きつけているようです!」

「上出来だ。後ろは気にするな、都市山脈の東側、へりの壁に沿って前進だ!」

端末に何度も吹っ飛ばされてフィギュアの身体が悲鳴を上げている。ルガッグ・ルルは渦流ナイフを構えて何とか起き上がる。これも何度繰り返したか。何故一気に殺さない、遊んでるのか。

「スファは!」

ルルがよそ見をすると端末はアームを伸ばし彼の足下に叩きつけた。

端末のアームが振り上げられ、勢いそれに引きずられてルルの身体も宙に舞う。

ずっと面倒見てくれたルル君を失う訳にはいかないんだ。気持ちが先行し過ぎているスファのむき出しの渦流魂は、不確かな視覚の下、浮き上がって空中をもがいた。

そして目前にスライドして来たカン・レムスの武装フィギュアに引っ付く形になる。さらにすぐ側の排気スリットに、スファの渦流魂は吸い込まれていった。夜々子にはそれは見えず、カン・レムスは突然バランスを崩して地表に叩きつけられて、横倒しになった。

直前で飛び降りた夜々子はカン・レムスの下に戻った。着地寸前でバランスを崩したからなのか、カン・レムスのフィギュアに大きな損傷はないようだった。

「どうしたの!」

「…うーん」

夜々子の呼びかけに、カン・レムスとは別の方向から答える声があった。

声がする方向に夜々子は顔を向けたが、勘違いかと思い、カン・レムスの方に向き直った。カン・レムスの身体はいつの間にか態勢を立て直していて、起き上がり移動し始めていた。

「ちょっ」

夜々子は急いでカン・レムスのフィギュアに飛びついた。

カン・レムスのフィギュア内に侵入したスファの渦流魂は、フィギュア全体に渦流を行き渡らせて身体の主導権を奪った。そのことでスファは今までにない身の軽さを感じていた。視界が急速に開ける感覚もある。このフィギュアが本当の自分の体のように思えた。

スラスターで浮き、加速をかけて移動するカン・レムスのフィギュアは、いきなり実体弾の主砲を撃った。弾道の先には三基の端末がいて、その足下に一人の フィギュアが倒れている。実体弾はそのフィギュアに近づいた一基の端末の頭部(のように見える)箇所を貫き、吹き飛ばした。

さすがに、カン・レムスのその挙動に夜々子は異常を感じた。武装フィギュアの中心にいる人型フィギュアを覗き込む。元々簡素で豊かな表情形成がしにくいフィギュアではあるが、それでも身体全体の渦流が発するものが今までとは違う異質感を強く漂わせていた。

「あなた、誰?」

「夜々子さん、危ないですよ!」

スファの夜々子への返答には強さがあった。ルガッグ・ルルを助けたいという強い意志だ。つまり、それには夜々子は邪魔だと言外にあった。スファは2発目を撃つ。弾を食らった端末は倒れ、その背後から別の端末がこちらに向かって来る。

端末はアームをカン・レムスの、今はクファニー・スファの武装フィギュアの横っ腹に打ち当ててきた。ちょうど真正面にいた夜々子のシールドがそれを防いだが衝撃までは消すことは出来なかった。スファは吹き飛ばされながらもバランスを整えようとしたが、夜々子はスファから落ちてしまった。

自分の周りから離れていく端末に気がついたルガッグ・ルルは前方を見る。

「夜々子さん?と、あのフィギュアは?」

ルルの知らない武装フィギュアがこちらに向かって来る。

「ルル君!」

知った声だった。ルルは立ち上がろうとするがフィギュアの足が軋む。

夜々子は上体を起こすと、不完全な渦流魂がいくつか地表に落ちているのが視界に入った。それらを辿った先にスファの武装フィギュアの後ろ姿があった。このとき夜々子にはその意味が分からなかった。破壊された端末由来のものかもしれなかったからだ。

「夜々子さあああん!」

頭上で響く声が夜々子の思考を中断させて、影が夜々子を通り過ぎると、目の前にビームが着弾した。極細に調整されたビームだった。見上げると翼のようなものを広げて飛ぶ人型フィギュアがクルクルと回りながら落下していく。

「うわあああああ」

間抜けな叫び声は紛れもなく、カン・レムスのものだった。夜々子はカン・レムスを受け止めるべく、落下方向へ走った。走りながら、はっきりとした理由は分からないがカン・レムスと他のフィギュアの渦流魂が入れ替わったのだと理解した。

じゃあ、あのビームは? あれは上から来た。ジャンプはしても端末は空は飛ばない。それはフィギュアのヒトもそうだし、異星人の船も飛行制限されている。とすると宇宙からか。カン・レムスをかすめただけで消滅させるつもりはないらしいから、警告なんだ。おそらく裁定者の。夜々子はそう推測した。

カン・レムスが身体を何とか安定させた瞬間、端末の一基が迫って来た。

「ぶつかる!」

「その背中の大きな手、手なら丸めてパンチが撃てるでしょう!」

夜々子はカン・レムスを追いながら叫んだ。自分でも無茶だと思った。しかし、意外にもカン・レムスはそれを成し遂げた。

背中の、ビッグアームの一つで端末をぶん殴る。端末がそのまま吹き飛んで地表を転がるほどの力があった。

「よくやった、褒めてあげる!」

夜々子はパンチを繰り出したせいで再び安定を失って回転落下するカン・レムスを、渦流シールドを使って衝撃吸収し、抱き留めた。

立ち上がれないルガッグ・ルルの前、盾になるようにクファニー・スファが停止し、端末に向けてサイドパックからミサイルを発射した。カン・レムスも知らない、外部からも判別出来ない隠し武装だった。二基の端末はそれをまともにくらい、破裂してその中身の渦流魂をぶち撒けた。

「スファなのか?」

「大丈夫、私、ルル君を守れるよ!」

スファの気持ちは喜びに満ちていて、それが行動に現れる。機能解放された武装を全て使うつもりだった。武装フィギュア内、スタンドアローンのデータベースへのアクセス権を、スファは得ていた。視界が開ける感覚はそこから来ていた。アクセス権といっても、全ての情報を得たかどうかは定かではない。機能がスタンドアローンなのは、裁定者に察知されないためだったのかも知れない。裁定者はそれを危険と判断して魂の入れ替えをしたのかも知れない。いずれにせよ、スファはそこまでは考えなかった。

むしろ、ルルの方がスファの武装フィギュアを冷静に見ていた。フィギュア造形師見習いとして、当然ではあった。ルルは、武器とは別に、武装フィギュアの背部に位置する排気スリットらしき箇所から、渦流魂が次々と排出されているのに気がついた。それが何を意味するのか、ルルには一つの考えが浮かんだが、フィギュアならともかく、渦流魂の専門家でもないルルは確信が持てなかった。戦闘に集中しているスファに聞くこともためらった。

だが、端末のスファに対する反応が、ルルの推測を補強することになった。

端末たちは距離を置きながらルガッグ・ルルとクファニー・スファの二人を取り囲み、精査するように回っていた。攻撃は止んだ。ルルとスファ、二人とも強い緊張を保ったまま端末の出方を伺っている。端末の三ツ目が光り一定のリズムを刻んでそれが他の端末たちに伝播した。何らかのやり取りをしているようだった。 光の明滅は遠くの端末群でも見られた。

「端末の動き、止まってる!やるなら今だよ!」

カン・レムスが翼を広げて再び飛ぼうとする。

「やめなさい、また撃ち落とされるわよ。今度は殺されるかも」

夜々子がカン・レムスを抑えた。その二人の側に、バルタスの囮になったユニットが滑り込んできた。

夜々子の通信機に再びバルタスの大声が響いて、夜々子は思わず耳を塞ぐ。

「助産師が確認したいって言ってるんだ。お前らがあの端末に取り囲まれてる武装フィギュアまで連れてってやれないか。ユニットの図体じゃ無理だ」

「端末、大丈夫なんですか?」

「学者先生が今のうちだって言ってるんだよ!」

ユニットから中年と思わしき女性のフィギュアが降りてきた。

「悪いわね。でも大事なことなのよ」

カン・レムスに助産師の女性をビッグアームの片方で抱えさせ、ほぼ直立のまま、低空ホバーで地表を移動した。夜々子はその横を走る。

「あのユニット、助産師さんが乗ってたんですか」

「端末との戦闘のあとは渦流魂の赤ちゃんの回収があるからね、珍しくはないわ。看護兵の代わりもやるし。まあ、あたしの場合、自分の住んでた居住区ユニットがいつの間にか戦闘艦に改造されちゃって、他に移る暇なかっただけなんだけれど…端末が、離れてくわよ!」

明滅を止めた端末数基がその背後、遠くに佇む端末の群れへと帰っていく。

「やっぱり…。あれ、渦流魂の赤ちゃんじゃないの⁉︎」

「ええっ、でもあれ、武装フィギュアから出てますよ?」

「あの渦流魂の光、間違いない、赤ちゃんよ」

夜々子には渦流魂の赤児を運んで来るのは端末であるという常識が邪魔をして、すぐには信じられない。

「フィギュアのヒトが赤ちゃん産むなんて、そんなことあるんですか⁉︎」

「よく分からないけれど、もし本当なら奇跡ね」

そう言って助産師はバルタスのユニットに通信機で状況を伝えた。ルルとスファの周りに渦流魂の赤児が溢れ光輝いている。スファも自身が引き起こした事態にようやく気づいた。

スファにしてみればただ困惑するしかない。

「わ、私は、何もしてないんだよ…」

スファは顔を赤らめてルルに弁明するかのように言ったが、ルルの顔を直視出来なかった。それはルガッグ・ルルも同じだった。二人とも何故そんな反応になってしまうのかも分からなかった。フィギュアの身体の方が勝手にそんな反応をしているのではないかという気さえした。そしてそのまま、二人が成したことの意味が周りから押し付けられていく。



×  ×  ×



やがて、難民船団の旗艦ユニットがやって来た。端末の脅威が去ったことでバラバラになった船団の全てのユニットが停止し、負傷者の収容と手当てにあたっていた。

バルタスのユニットの横に停まった旗艦ユニットから、スラスト・クオスが飛び出して来て、クファニー・スファとルガッグ・ルルのもとへ走って行く。同じくユニットの外に出た船団長代理のウルファン・ルッグは、スラストははしゃいでいると思った。今まで不満ばかり漏らしていたのが嘘のようだ。

ウルファンは、バルタスのユニットの側に立つ夜々子の方へ歩いた。夜々子は多くの人々に取り囲まれているスファとルルを遠くに見ている。その傍らに、背中に大きな手のようなものを付けたフィギュアの少女が地表に足を伸ばして座っていた。

「よう」

ウルファンが声をかけた。

夜々子が、ウルファンが病に臥せっている船団長の代理に過ぎないことを知ったのはほんの数日前のことだ。ウルファンでなければドーム・コミュ・スラタリアでの夜々子の行為は許されなかったかも知れない。だから、夜々子はウルファンに感謝していた。

「私はあの二人のこと、何も知らないんですよ」

「でも、我々にとっちゃ、大事な存在だ。お前さんと一緒さ」

「そう…ですよね」

「言い方悪いが都市山脈の連中との交渉にはいいカードになる。学者先生がしつこく言うんでさっそく使ってみたら向こうの攻撃が止んだんだよ」

「相変わらず、やること素早いんですね」

夜々子は自分より背の高いウルファンを見上げる。

まだ青年らしさを残したフィギュアは生気の逞しさを漂わせていたが、その若々しさは何処と無く頼りなさげにも見えた。

「ついでにな、甘粕斧の名前も出してみた」

「なっ!」

「悪かったとは思ってるよ。保険のつもりだった。しかしな、驚いたよ、向こうはなんで甘粕斧を知ってると返して来た」

「本当ですか」

「正直、引いたよ。どこまで便利な名前なんだってな」

「…娘の私だって引きます」

「お前のことまでは言ってないぜ。そこまで酷い男じゃないつもりだ。でもな、その場しのぎで何のビジョンもない俺にしてみれば使えるカードだ」

「都市山脈に、落ち着くつもりなんですか?」

夜々子はすぐには答えられなかったので、話の矛先を逸らした。

「選択肢の一つだよ。このまま当てもなく逃げ続けても疲弊するだけだ。落ち着けなければ道を選ぶことも出来ないだろ?」

それは夜々子個人に向けられた言葉でもあった。

ドーム・コミュ・スラタリアでもそうだったが、甘粕斧という父の名前は、夜々子自身にとってあまりにも大きい存在で、ただ個人的な気持ちを晴らすだけでは扱い切れないものだった。スラタリアでの行為は、父の名前から自由になりたいためでもあったのだが、夜々子は自分でそれを自分勝手だとも感じてしまった。そのことで夜々子は自分の逃げ場を塞いでしまっている所もあった。その自分を縛る方向に持って行きがちな所は、妹かもしれない元素子にも似ていて、姉妹らしくもある。いずれにせよ、夜々子自身、選択肢は限られているように見えた。これから自分は父に正面から向かい合わなくてはならないのだろう。


そう持って行ってしまう自分の心根も、夜々子には嫌だった。
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