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ヘンゼルとグレーテル

「少しは手伝うよ」
「いいの、動けるうちは、なるべく手足を動かさないとね」

齢80になったばかりの祖母は、もの言いこそ柔らかだったが、二人で済ませた夕食の片付けを申し出た私を軽くあしらった。

祖母のような年齢の女性にとっては、世代的に当たり前だったのかもしれないが、台所は自分の城らしく、同じ女の私が率先して何か料理でもしようかと意気込んでいるのを、これまた、やんわりと排除するのだった。

孫娘の私の親切心を、品の良い物腰と言葉で、その態度とは裏腹にたたき折っていく。その祖母のあり方に、自分の方が間違ってるのではないのかと、何度感じたことか。台所だけでなく、端からは上品なおばあさんに見えて、この家の支配権をガッチリ握っている。母が逃げ出すのも当然だと、高校生になった私はようやく気づいた。父との離婚の遠因でもあるに違いない。

それはまた、祖母の同性嫌悪かとも思ったのだが、引きこもりになった兄を見ればそれだけではないことは、一目瞭然だった。

引きこもったのは、兄なりの抵抗のように見えたが、祖母の方が上手で、すぐにも根負けしたようだった。祖母の甘やかし方に、骨抜きにされそうになったと言っていい。部屋にこもりっきりなのが兄なりの継続的な抵抗の印かもしれない。

そう思えるのは、私にも身に覚えがあるからだ。

中学の頃から、スマホの類いは望めば買ってくれて、そののれんに腕押しのような態度に、当時の私は調子に乗ってしまったのだが、あるとき、祖母にバレないようにしたあるSNSでの書き込みを、何の気なしにした会話の中で知られていることに、祖母のネット知識の深さに恐れを成した。その出来事から私は、「いいの?」と悪びれない表情をした祖母の言葉を何度かけられても、断固としてスマホからガラケーに機種変したのだった。

何が怖いって、祖母が自らの態度に無自覚らしいところ。そこに私は底なしの恐怖を感じた。ある意味、恵まれてはいるのだから、そこにあえて乗っかってしまえば良かったのだが、それを、怖いと感じてしまったのだ。

真綿で首を絞めてくるような支配力から何とか脱出したかったのだが、まだ10代で経済力の無さががその意志を妨げていた。本気で嫌なら家出くらい、出来るはずだ、と自分の中で声がしたが、自分には想像も及ばない祖母の財力の在処には、ひれ伏すしかなかった。

兄はどう思っているのだろう。引っこもった兄の部屋の前に、何度も立ったものの、中々それを言い出せずにいた。

兄だって困っているはずだ。世間的に見て、警察に頼れるとは思えない。まして日々報道されるストーカー問題の不手際を見れば余程そうだった。祖母は私の交友関係もがっつり押さえているらしいから、学校の友人には相談できない。やはり、同じ境遇である、肉親の、兄しかいなかった。

さすがに、自宅の中に監視カメラは仕掛けまい、そこまでサイコではあるまいと願いながら、何百回と立った兄の部屋の前に再度立ち、問いかけの紙切れを扉の下の隙間に通して、しばらく待った。

さほど時間を置かず、返答があった。機内モードになったスマホが、扉の下から滑り出てきた。

まだその意味を確認してはいないが、やっとの事でこの数年、ろくに顔も見合わせていない兄とコミュニケーションが取れたことに涙が出そうなくらい嬉しかった。

廊下の暗がりで光るスマホの画面、メモ帳にはこうあった。

『愛する妹へ。以下の場所へ行け。そこに答えがある。場所を覚えたらこの内容はすぐ消すんだ』

私はメモ帳に貼ってあった地図を心に刻みつけると、その内容を削除し、スマホを部屋の中にそっと戻した。

そのとき、スマホを手に取る兄の指先が一瞬見えた。


×  ×  ×


こんな時の記憶力の凄さといったら半端ない。少しも迷わず指定の場所に着いた。

小さな森に隠れた洋風の屋敷。自宅からそう離れてはいないはずなのに、こんな場所があったんだ。木々の陰のせいで真昼なのに中は薄暗い。それが妖しさをいっそう引き立たせていた。

恐る恐る森の中へ入る。目の前に、2階建てほどの小ぶりな古びた洋館が姿を現した。洋館の周りをゆっくりと歩く。不思議なことに、違う角度から見ているはずなのにその洋館は同じ様相を呈していた。まるでだまし絵の中に入ったような感覚に陥った。ふいに足下でミシリと音が鳴る。いつの間にか、コンクリでも土でもなく板張りの上を歩いているようだった。その板張りの地面の軽さに、その下に空間があるのかもしれない、と思った矢先だった。板張りの地面が割れ、私はその下へと落下した。落下の時間は意外に長く感じた。その長さが実際の距離なのか、自分の感覚の間延びのせいなのかは、判別できなかった。

気がつくと、ということは落下の途中で気を失ったのだろう、素材がいいらしい、古めかしいベッドの上に横たわっていた。それがクッション代わりになったのかもしれない。

私はベッドに横たわりながら、上を見る。2階まで吹き抜けているような高い天井が見えた。身体を反らし、今度はベッドの下を見ると、うずたかく粗大ゴミのようなものが積み重ねられ、その頂点に自分のいるベッドがあるようだった。粗大ゴミと言っても、家具やテーブルや椅子、どれもが高級なもののように思えた。部屋の床から丁寧に積み上げられた粗大ゴミ、と言うと失礼だから、家具類は緻密な計算の元の組み合わせで積み上げられたらしく、微動だにせず、てっぺんの私のいるベッドも多少傾いたままだったが、少しも揺れ動くことがなかった。

「何と、イレギュラーな仕方で来られた客人だこと。二礼二拍一礼で玄関から入ってくるのがしきたりなのに、あいつ、そこまで教えなかったんだね。まあ、いいか」

ベッドの側で声がした。その方向に振り向くと、自分と同じ学校の制服を着た黒髪ロングの少女がいた。

「えっ」

制服を着ているということは自分とそう年は離れてはいないはずだ。

「ここは八百万神の複雑なコードで守られているからね」

いや、どうだろう、そうとも限らない。

でも、いかにも兄のことを知っている口ぶりなのはどういうことなんだろう。祖母に知られず、秘密裏に兄がコンタクト取ってる人? そこにちょっとした嫉妬を覚えたが、今はそれどころじゃない、我慢我慢。私はクセっ毛で、普段はだらしのない、綺麗には見えないウェーブがかった肩あたりまでの髪を隠すように、後ろで縛り、とりあえずポニーテールに仕上げた。

そうやってここに来た目的を見失わないよう、気合いを入れる。

「そういう強がりなとこ、聞いてたとおりだ。嫌いじゃないよ」

少女が積み上げられた家具類の塔から、こちらを振り向きながら降り、軽やかな靴の音が鳴ると同時に、私は白いテーブルを前にして座っていた。初老の男性がテーブルのカップに注いでくれた紅茶らしきものを薦められるまま一口飲むと、優しい暖かさが喉を通り、焦る気持ちを不思議と落ち着けてくれた。そのことでうっかり心を許してしまった所もあった。


「あの、魔女のことで、来たんでしょう?」

目の前に座る少女は、乗り出すように、私に顔を近づけて言った。

「魔女?」

自分が何のためにここに来たのかを察すれば、魔女が祖母を指しているらしいことは分かる。

私は、私と兄が、いかに祖母に縛られているかを率直に少女に話した。彼女の話している言葉が、隠された真実なのか、何かの例えなのか、分からなかったから、率直に伝えるしかなかった。

「そんなの、簡単じゃない。魔女が血のつながりを求めてるからよ」

私と少女の会話は第三者が聞いていたとしたらとてもかみ合わないものに違いなかったが、少女の言葉は、自分が散々苦労してきた事柄をいとも簡単に見透かすようにも聞こえて、だからこそ私はそのことにちょっとイラッとした。

少女の傍らには、私に紅茶を入れてくれた初老の男性がまだいたのだが、彼はアルカイックスマイルを湛えたまま、どちらにも与しないという体だったので、少女の真意がますます分からない。

それでも、私の目をまっすぐに見て言う少女の、その瞳を見ている最中は彼女の言葉の本質が分かったような気がした。だけど、その瞳から目を逸らすと、すぐに意味がぼやけてしまうようで不安になる。

それが、やっぱり悔しい。

「魔女は自分の片割れを長い時をかけて失ってきた。でもそのことに魔女は気づいてない。でも失っている感覚はあるから、あなたとあいつを片割れの代わりにしようとしている。片割れとは明らかに違うんだけど、はっきりと血がつながっていることがそれを誤解させてる。あなたがそれを負担に思うのなら断ち切るしかない」

「断ち切ったら、魔女はどうなるの?」

何を、どう断ち切るのか、そのことを具体的に聞く前に、私は少女の言い回しに乗る形で聞いてみた。

「そうだね。死ぬかもしれないね」

少女は淡々と即答する。私は祖母の年齢を思った。「死」の意味が比喩なのか、ストレートな表現なのか、はっきりしない。

「……。それで、どうしたらいいの?」

躊躇したまま私は聞いた。

「今私が言った片割れの話を魔女本人にそのまま伝えればいい。貴方の解釈は必要ないわ。これは魔法の言葉。呪文みたいなものだから、意味は分からなくていい。でも言葉を発するのはあなたでないと。存在の位相が違うから私は魔女の弱点がよく見えるけれど、魔女と同じ位相の貴方がそれを発すれば、相手は凍り付く」

私は迷っていた。それを断ち切ろうと少女との会話を続けようとしたが、言葉が見つからない。彼女が椅子から立ち上がる音で再び顔を上げたとき、目の前に少女はいなかった。辺りを見回し、いつの間にか私の後ろに立っている少女と目が合うと、今度は靴の音が何度か鳴り、私は洋館の外に出ていることに気づく。背後でうっすら消えていく彼女の気配をゆっくりと感じる。少女の気配が完全に消える瞬間、そのさらに後方、あの初老の男性の気配が逆に浮かび上がるように、私の心の中に強く刻み込んで消えていった。

そして、静かな森のなか、一人残されたことを自分の息づかいで知る。

少女は必要なことは伝えたから戻れと言っているらしかったが、初老の男性の意志は違うようだった。そんな気がしただけで実体は定かではない。

だから、私は兄に直接確認しなければならなくなった。その事が祖母への対処方法のルールを破ってしまうような気もした。だがどうにも腑に落ちなかったのだ。


×  ×  ×


家に戻り、夕飯の支度をしているらしい祖母にあいさつをし、そのまま2階の兄の部屋の前まで階段を駆け上がった。

「お兄ちゃん、行ってきたよ」

一応ノックをし、そう声をかけた。

扉の下の隙間から、スマホがすべり出された。『いきなり声を出すんじゃない。聞かれているかもしれないだろ?』

私はスマホを手に取り、入力した。

『あの女の子はなんなの?わけわかんないよ』

『分からなくていいんだよ。言われたとおりにするんだ』

『でも』

『自由になりたくないのか?これは生存競争なんだよ。殺らなければ殺られるんだ』

『でも、別の方法はないの?』

『ない。殺すしかない。さあ、早く』

……。

『納得できないよ。魔女って何?なんでおばあちゃんが魔女なの』

『君は息苦しくないのか、あの魔女のもとで』

『苦しいけどさ、何も殺すことは』

『殺すんだよ。それが唯一の道だ』

『待ってよ、私の話にも答えてよ。魔女って何、あの女の子は』

『なんで、そんなことにこだわるんだ』

『こだわるよ。訳が分からない』

『まったく、早くやれよ』

『なんでそんなこと言うの、お兄ちゃん、私のこと見てない』

『そうじゃないって、愛してるよ』

『嘘、だって、あの女の子は』


そうメモ帳に入力したスマホは返ってこなかった。代わりに、兄の部屋の扉が開き、目の前にあの洋館の少女が立っていた。

この分からず屋。

少女の口がそう喋ったような気がした。少女の奥、私に背を向けて座る兄の姿がある。少女は右手を挙げ、その挙動の中に何か光るものがあった。

その正体は分からないが、私は身構える。

少女の右手が振り落とされる瞬間、兄の目の前、暗い画面のままのモニターにあの初老の男性の姿が映った。

振り上げた少女の右腕は硬直したまま動かない。

な、なんで?!お前は!まさか!

少女は後ろを振り返りそう言っているように見える。

「降りなさい!」

同時に祖母の声が階下からして、身構えて硬直していた私の身体は自由になった。そして一目散に階段を駆け下りた。


「大丈夫?喧嘩してるような声が聞こえたから…」

祖母はそう言うと、階段を上り始めた。声が聞こえていた…? 私たちは喋ってはいない。安堵もつかの間、祖母の力を改めて思い知らされて、足がすくんで動けなかった。兄と自分との間に入って欲しくない。そう言って祖母を止める力もない。自分はしょせん非力な子供なのだ。

祖母が2階に上がってからの時間が長く感じられる。たぶん、兄と会話をしているのだろうが、声が私には聞こえなかった。実際に聞こえないのか、私自身が聞きたくないから聞こえないのかはっきりしなかった。私は兄に従うべきだったのか。これが最後のチャンスだったのか。それを私の迷いで逃してしまったのか。取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。胸の鼓動が高鳴り、過呼吸で苦しい。


私が自分の持つ魔法に気づいたのはその約10年後。祖母は90過ぎになっても介護の必要もないくらい元気で、逆に、引きこもりは脱したが抜け殻のようになってしまった兄は次第に生気を失い、祖母より先に亡くなって、あの初老の男性の正体を知った私はようやく、祖母と差し違える覚悟を決めたのだ。



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ジャンル : 小説・文学

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http://d.hatena.ne.jp/tobofu/
でアニメ感想系まがいのことをやっていますが、こちらはオリジナル創作漫画、小説の発表用のブログです(時間がないときや事情によってはアイデア、プロットレベルのものを提示するのみ、になってしまうかもしれません)。
その他総合的なプロフィールはhttp://www.geocities.jp/tobofu/
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