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「渦流の国の少女・ヒトノカタチ編」 インターバル(1)

世界のどこかに「渦源流」と呼ばれる、巨大な生命の渦の流れが存在し、
ヒトだけが「渦流魂」という人魂のような形で生まれてくると言われていた。

それはたまたま「魂」あるいは「人魂」という、太古の人間たちが想像した観念的あるいは霊的な存在を
分かりやすく絵にしたものに似ていたから、「魂」という呼称が付けられたにすぎない。

実際、その「渦流魂」は体温もあり、匂いもあり触れれば、渦を巻く気の流れのような
確かな「実体」としてあったから、それそのものがちゃんと「実体」を持つ一つの生命体であった。
だから、単に精神と肉体のような二元論における「精神体」でもなかった。


その意味では、「ヒト」と呼ばれてはいるものの、かつての人間とは別の生物なのかもしれなかった。

やっかいなのは、その「ヒト」は、魂、「渦流魂」のままでは長生きすることが出来ず、
人の形を取った「フィギュア」と呼ばれた「宿」を得ることで初めてかつての人間のような活動が
出来るようになるということであり、それゆえに、いつからか「ヒト」とも呼ばれることになった経緯があった
らしいから、そこでかつての人間と渦流魂のヒトの間に何らかの繋がりがあるのではないかと想像させてしまう
ことだった。


かつての人間と渦流魂のヒトとの関係を繋げる確たるものはほとんど失われていた。
しかし、「渦流魂」のヒトも確かに存在したし、「渦流魂」を狩る存在、「端末」と呼ばれた存在も
確かにいた。そのために、自分たち「渦流魂」の起源を示すもの、存在の根拠を強く欲したのか、
起源説は数限りなく存在することになる。

つまり、世界の謎に関する資料はその内容を問わなければ腐るほどあった。
もしかしたら真実を示しているものなのか、解釈の一つなのか、妄想か、ヒトを扇動するための
宗教的物語なのか、正直うんざりするほど存在した。

その諸説が増えれば増えるほど、「真実」から遠ざかっていくように思えたある研究者は、
「事実は存在しない。ただ解釈だけが存在する」という言葉を残しているほどだった。


世界のどこかに「渦源流」と呼ばれるものがあり(この「渦源流」も、「渦流」とも呼ばれることもあり、
言葉の定義が安定していない)、そこから自分たち「渦流魂」は生まれ出で、
「渦源流」から派遣された「端末」が成長し純度の高くなった「渦流魂」を狩り、「渦源流」に戻すのだ
ということも、一つの解釈かもしれないのだ。



でも私たちは今確かに生きている。確実に生きている。
それは絶えず「端末」に命を奪われかねない日々を送ってもいたから「実感」として強くあった。

「渦流魂」の少女、元素子は世界の謎について書かれたある書物を読みながらそう思った。

理由は分からなくともあたしは生きている。
はっきりとした、生きている理由が分かれば楽になれるかもしれないが、
成り立ちも明確でない世界、闇の中を手探りで進むように生きることも苦ではなく、
むしろより生きている「実感」を、そんな環境は与えてくれてる。

そんなひねくれた考えを元素子が持つようになったのには彼女なりの複雑な理由があった。

純度の高すぎる元素子の「渦流魂」は「端末」を呼び寄せやすく、そのために家族のみならず、
幾人もの身近な友人、ヒトたちを巻き込んで犠牲にしてきた。

自分が生き延びようとすればするほど、自分のまわりのヒトが犠牲になった。

幼少からそんな生き方をしてくれば、ふつう、気が狂ってしまうこともあって当然なのだが、
よくできた家族、両親と姉に救われた。よくできすぎた家族だったので、返ってこの家族をいずれ失うのだ、
自分のせいで。と考えると胸が痛む思いを常にしていた。そして、実際そうなった。


最後に姉を失った直後、元素子はもう精神的に限界だった。
ただ、家族のことを思えばこそ、自死をしてはならない、というダブルバインドにも襲われていた。

それを結果的に救ったのが後に「うづる」と名付けられる強力な「渦流魂」を持つ少女であった。
それは一瞬のことだったから、精神的に混乱していた元素子には強引すぎる「うづる」の指示にヒステリックに
反発もしたが、「うづる」の「渦流魂」がフィギュアから抜け去った後、自分の身に起こったことを
何度も反芻しているうちに、涙が止まらなくて仕方がなかった。

うづるの目的が、気まぐれ的な興味か打算なのかは分からないが、
自分の高純度の「渦流魂」が間接的に自分を救った、あるいは生かしたのだ。
今まで不幸を呼び込むものでしかないと思っていた自分の「渦流魂」に。

さらにその後、フィギュアの造形師であるスカラの工房に保護されてから一度家出をして経験した出来事。

それらのことがあってから、元素子は生きることに狡猾になった。
そして、理屈は不明でも、経験が「実感」として元素子に生きることの快楽も教えた。

そのいい意味での狡猾さが、元素子の言動や行動に出てしまうので、
世話になっているスカラからは「可愛げのない小娘だ」とか、
「性格ブスの『渦流魂』はフィギュアもブスになっていくんだぜ」等々、
ことあるごとに言われるようになったし、自分でもそうだよな、と思える余裕が生まれるようになっていた。

しかし、過酷な日々を送りすぎて来たために、平和な日常を過ごすことにも慣れてないことも、
元素子は自覚していた。その気性が新たなトラブルを起こしてしまう業ともいうべきやっかいさも承知していた。

承知していながら、やむをえない事情になってしまうから、やっかいなのだった。
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ジャンル : アニメ・コミック

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でアニメ感想系まがいのことをやっていますが、こちらはオリジナル創作漫画、小説の発表用のブログです(時間がないときや事情によってはアイデア、プロットレベルのものを提示するのみ、になってしまうかもしれません)。
その他総合的なプロフィールはhttp://www.geocities.jp/tobofu/
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