「渦流の国の少女・ヒトノカタチ編」 第二部「うづる帰還」(5)
ダミー「端末」に連れ去られた元素子を追い、あっという間に「廃ビル山脈」にまでたどり着くと、うづるはビル壁を駆け登り、そこでもうひとりのうづる、うづるに似た一体のフィギュアが、見せつけるように元素子を捕らえているのを発見する。
偽の「うづる」は元素子のフィギュアの丹田の位置に渦流のナイフを当てている。
いわばそれは、うづるの「影」として、この事態の仕掛け人がうづるの心理を揺さぶるために用意したものかもしれなかったが、うづるは「チッ」っと舌打ちしただけで、躊躇せずに偽の「うづる」と元素子のところへ突進し、走りながら自分の渦流魂の一部を分離させて、二人の後ろへ回り込ませ、偽の「うづる」が振り返える前にそのフィギュアに渦流魂を潜り込ませて、身体を乗っ取った。
乗っ取られた偽のフィギュアの「うづる」は本物のうづる自身となり、元素子を離す。
偽の「うづる」だった方が、
「元素子!そっちに行きなさい!」と叫んだ。
「え!」
元素子はどっちのうづるが本物か分からないという表情をしたので、
「大丈夫、どっちも私だから!」
今度は本物のうづるがそう叫び、同時に躊躇したままの元素子の手を引っ張って走る。
「くだらないことをする!」
うづるが愚痴る。
目の前に新たな廃ビルの壁がせまる。
「元素子、飛べる?」
「は、はい!バーニアが使えます!」
「じゃ、飛ぶよ!」
うづるは左腕肘の間接球を外して渦流噴射で飛ぶ。
元素子も腕を外して飛ぶ。
壁の上に待ち構えていたのは例の三博士だった。
スカラと同じ星の異星人の科学者たち。
カラスに似た姿をヒト型の着ぐるみに変化(へんげ)させたような異形の者たち。
よく見ればシルエットはほぼ同じだが、頭部がそれこそ鳥類に近い者、昆虫のような幾何学的な硬質感を持つ者、ヒトの顔を持つ者、と、それぞれ違いがあった。
スカラと同じ星の存在なのに、スカラ当人とその姿があまりに違いすぎるのは、スカラの種族とは別の知性体なのかもしれない。
そのスカラとカズーも、遅れて「廃ビル山脈」にたどり着いた。二人が乗ってきたのは通常の「端末」に似ているが、頭が円盤状になったタイプで、ちゃんと渦流魂のフロートシステムで浮遊するものだった。
カズーが用意したものだろう。
「やっぱりあんたらか!どういうつもりだ!」
三博士の姿を見止めた、スカラの怒り。
元素子はそのスカラの声で後ろを向いた。
「さて、どういうことなのか、説明してくれない? 私、他人の手のひらの上で動かされるの大嫌いなんだけど」
役者が揃ったところで、うづるが切り出した。
「それは申し訳なかったな、と言うにはまだ早すぎるかな?」
鳥頭の博士が言った。
スカラ、怒りで口を挟もうとするが、カズーに止められる。
「まあ、しばらく様子をみましょう。ヤバくなったら僕も介入しますよ」
「そろそろフィギュア内に留まるのが限界ではないのかね?」
「確かに窮屈だけれど、それは造形師の技術の限界じゃなくて?」
「負け惜しみかね」
虫頭の博士が言った。
老人の挑発にうづるは乗らない。
「じいさんたち、あたしの何を知りたいの」
「出来れば言葉が通じる内に君の正体を知りたいと思ってね。そうなれば、手荒な手段に出なくて済む」
ヒトの顔というより猿に近い顔の博士が言った。
「あたしの正体?」
「そうだ。フィギュアの形、ヒトのカタチをしている、『うづる』と呼ばれている君、そして、渦流魂のままの君、君自身はどちらが本当の自分だと思うかね」
「ややこしいこと聞くのね。どちらも私だけど」
「ほう、なるほど。そう思うのは君がヒトのカタチを取ったからではないのかね?」
猿頭の博士の言葉を鳥頭の博士が継いだ。
「君の渦流魂は、光と闇、陽と陰、善と悪、コスモスとカオス、エロスとタナトス、等々、相反する二つの要素が拮抗し合いながらぎりぎりのところで成立している。だが、君がヒトのカタチを取ったとき、第三の要素が現れる。『情』だ。その『情』によってもともとの二つの要素の不安定さをなんとか抑えている」
うづるは答えない。
「図星かね」
「そう思いたければ、そういうことにすればいい。別にあたしは困らないし」
「君は困らなくても周りが困る」
「例えば元素子という娘をだな、君は喰ってしまうこともあるのではないのかね」
虫頭の博士が言う。
うづる、後ろで戸惑う元素子の方を静かに振り向く。
「君は無意識に元素子の渦流魂を欲しているはずだ。あの渦流魂は君にはないものだからね。そうやって今まで無数の渦流魂を吸収して生きてきた」
鳥頭の博士が言う。
「しかし、君は元素子に情が移ってしまった。ヒトのカタチを取ったばかりに。そこで初めて君はヒトの苦しみというものを味わっている。君本来の自由を失っている。それは君らしくない」
猿頭の博士が言う。
「一方的に喋る奴は嫌いだな」
「それは、勘弁してもらいたいな。わしらは学者だからの。それにこれはあくまで仮説だ。まだ証明されていない仮説だ」
虫頭の博士が言う。
元素子が耐え切れなくなって、
「う、うづるさんは、そんなヒトじゃありません!」
「元素子とやら、それは君の憧れるうづるの姿であって、本当のうづるの姿ではないのだよ」
鳥頭の博士が言う。
「そんな」
「元素子、離れてなさい。これはあたしとこのじいさん連中の問題だから」
「でも!」
「離れてなさい!」
「でも…でも、」元素子泣きじゃくる。
うづる、元素子の方を向かず、
「…情は移さないようにしてたんだけどね。そればかりは私にもコントロール出来なかった」
「え…」
うづる、三博士に向かって、
「じゃ、お望み通り、証明させてあげましょうか」
「おお、乗ってくれるのかの」
「その代わり、何が起こってもあたしに責任はない」
「スカラ、それにカズーっていったっけ、元素子をお願い!」
「うづるさん!」
「行って。お願いだから行って。あなたを巻き込みたくない。これはヒトのカタチをしてる、あなたが私をうづると呼ぶ姿のあいだしか言えないことだから」
言うべきことを言い切ると、うづるは腰を落として、戦闘態勢に入った。
元素子は泣きべそをかきながら、ゆっくりうづるから離れていく。
カズーは指で空にサインのようなものを描いた。
「なんだ?」
「仲間に臨戦態勢のサインを送ったんです。僕の仲間だけでなく、他の星の連中も万が一のことを考えて待機してるはずですよ」
「やばいのか?」
「さあ、それはうづるさんしだいですね。確実なのは、誰もこの星を守る気はないだろうということです。うづるさんの渦流魂、トフボフの渦流魂の力が他の星系まで波及することを彼らは危惧している」
カズーは斜に構えた表情では言わなかった。真面目な表情で言った。
偽の「うづる」は元素子のフィギュアの丹田の位置に渦流のナイフを当てている。
いわばそれは、うづるの「影」として、この事態の仕掛け人がうづるの心理を揺さぶるために用意したものかもしれなかったが、うづるは「チッ」っと舌打ちしただけで、躊躇せずに偽の「うづる」と元素子のところへ突進し、走りながら自分の渦流魂の一部を分離させて、二人の後ろへ回り込ませ、偽の「うづる」が振り返える前にそのフィギュアに渦流魂を潜り込ませて、身体を乗っ取った。
乗っ取られた偽のフィギュアの「うづる」は本物のうづる自身となり、元素子を離す。
偽の「うづる」だった方が、
「元素子!そっちに行きなさい!」と叫んだ。
「え!」
元素子はどっちのうづるが本物か分からないという表情をしたので、
「大丈夫、どっちも私だから!」
今度は本物のうづるがそう叫び、同時に躊躇したままの元素子の手を引っ張って走る。
「くだらないことをする!」
うづるが愚痴る。
目の前に新たな廃ビルの壁がせまる。
「元素子、飛べる?」
「は、はい!バーニアが使えます!」
「じゃ、飛ぶよ!」
うづるは左腕肘の間接球を外して渦流噴射で飛ぶ。
元素子も腕を外して飛ぶ。
壁の上に待ち構えていたのは例の三博士だった。
スカラと同じ星の異星人の科学者たち。
カラスに似た姿をヒト型の着ぐるみに変化(へんげ)させたような異形の者たち。
よく見ればシルエットはほぼ同じだが、頭部がそれこそ鳥類に近い者、昆虫のような幾何学的な硬質感を持つ者、ヒトの顔を持つ者、と、それぞれ違いがあった。
スカラと同じ星の存在なのに、スカラ当人とその姿があまりに違いすぎるのは、スカラの種族とは別の知性体なのかもしれない。
そのスカラとカズーも、遅れて「廃ビル山脈」にたどり着いた。二人が乗ってきたのは通常の「端末」に似ているが、頭が円盤状になったタイプで、ちゃんと渦流魂のフロートシステムで浮遊するものだった。
カズーが用意したものだろう。
「やっぱりあんたらか!どういうつもりだ!」
三博士の姿を見止めた、スカラの怒り。
元素子はそのスカラの声で後ろを向いた。
「さて、どういうことなのか、説明してくれない? 私、他人の手のひらの上で動かされるの大嫌いなんだけど」
役者が揃ったところで、うづるが切り出した。
「それは申し訳なかったな、と言うにはまだ早すぎるかな?」
鳥頭の博士が言った。
スカラ、怒りで口を挟もうとするが、カズーに止められる。
「まあ、しばらく様子をみましょう。ヤバくなったら僕も介入しますよ」
「そろそろフィギュア内に留まるのが限界ではないのかね?」
「確かに窮屈だけれど、それは造形師の技術の限界じゃなくて?」
「負け惜しみかね」
虫頭の博士が言った。
老人の挑発にうづるは乗らない。
「じいさんたち、あたしの何を知りたいの」
「出来れば言葉が通じる内に君の正体を知りたいと思ってね。そうなれば、手荒な手段に出なくて済む」
ヒトの顔というより猿に近い顔の博士が言った。
「あたしの正体?」
「そうだ。フィギュアの形、ヒトのカタチをしている、『うづる』と呼ばれている君、そして、渦流魂のままの君、君自身はどちらが本当の自分だと思うかね」
「ややこしいこと聞くのね。どちらも私だけど」
「ほう、なるほど。そう思うのは君がヒトのカタチを取ったからではないのかね?」
猿頭の博士の言葉を鳥頭の博士が継いだ。
「君の渦流魂は、光と闇、陽と陰、善と悪、コスモスとカオス、エロスとタナトス、等々、相反する二つの要素が拮抗し合いながらぎりぎりのところで成立している。だが、君がヒトのカタチを取ったとき、第三の要素が現れる。『情』だ。その『情』によってもともとの二つの要素の不安定さをなんとか抑えている」
うづるは答えない。
「図星かね」
「そう思いたければ、そういうことにすればいい。別にあたしは困らないし」
「君は困らなくても周りが困る」
「例えば元素子という娘をだな、君は喰ってしまうこともあるのではないのかね」
虫頭の博士が言う。
うづる、後ろで戸惑う元素子の方を静かに振り向く。
「君は無意識に元素子の渦流魂を欲しているはずだ。あの渦流魂は君にはないものだからね。そうやって今まで無数の渦流魂を吸収して生きてきた」
鳥頭の博士が言う。
「しかし、君は元素子に情が移ってしまった。ヒトのカタチを取ったばかりに。そこで初めて君はヒトの苦しみというものを味わっている。君本来の自由を失っている。それは君らしくない」
猿頭の博士が言う。
「一方的に喋る奴は嫌いだな」
「それは、勘弁してもらいたいな。わしらは学者だからの。それにこれはあくまで仮説だ。まだ証明されていない仮説だ」
虫頭の博士が言う。
元素子が耐え切れなくなって、
「う、うづるさんは、そんなヒトじゃありません!」
「元素子とやら、それは君の憧れるうづるの姿であって、本当のうづるの姿ではないのだよ」
鳥頭の博士が言う。
「そんな」
「元素子、離れてなさい。これはあたしとこのじいさん連中の問題だから」
「でも!」
「離れてなさい!」
「でも…でも、」元素子泣きじゃくる。
うづる、元素子の方を向かず、
「…情は移さないようにしてたんだけどね。そればかりは私にもコントロール出来なかった」
「え…」
うづる、三博士に向かって、
「じゃ、お望み通り、証明させてあげましょうか」
「おお、乗ってくれるのかの」
「その代わり、何が起こってもあたしに責任はない」
「スカラ、それにカズーっていったっけ、元素子をお願い!」
「うづるさん!」
「行って。お願いだから行って。あなたを巻き込みたくない。これはヒトのカタチをしてる、あなたが私をうづると呼ぶ姿のあいだしか言えないことだから」
言うべきことを言い切ると、うづるは腰を落として、戦闘態勢に入った。
元素子は泣きべそをかきながら、ゆっくりうづるから離れていく。
カズーは指で空にサインのようなものを描いた。
「なんだ?」
「仲間に臨戦態勢のサインを送ったんです。僕の仲間だけでなく、他の星の連中も万が一のことを考えて待機してるはずですよ」
「やばいのか?」
「さあ、それはうづるさんしだいですね。確実なのは、誰もこの星を守る気はないだろうということです。うづるさんの渦流魂、トフボフの渦流魂の力が他の星系まで波及することを彼らは危惧している」
カズーは斜に構えた表情では言わなかった。真面目な表情で言った。
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