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「ヒタマ」 第二章「榊美緒の事情」(その1)

「引き継ぎ? 別にいいけど?」

朝5時、あたりを気にしつつ、部屋着のまま、すぐ近くのゴミ捨て場まで可燃ゴミを捨てに行く。

早朝の住宅地ということもあり、ほとんど人気はなかったのだが、ゴミ捨て場前の十字路で、ウォーキングしている老夫婦らしき二人が通り過ぎ、そこに交差するようにスーツ姿のサラリーマンらしき男性が通って行った。

思わず美緒はゴミを抱えたまま、十字路に向かう道の手前の家の陰に隠れてしまう。

『どした?』
右手に持っていた携帯から相手の声が聞こえる。

「いや、なんでも」

『相変わらず淡泊ねえ、もう少し寂しがってくれてもいいのにぃ』

「何年の付き合いだと思ってるんですか、よく分かってるでしょ、私の性分。それに編集長になるんだったら、そっちのお祝いをしないとね」

そこまでの会話のあいだに、美緒はさっとゴミをゴミ捨て場に放り投げて、早歩きで自分の家に戻りつつあった。

『編集長なんて、そんなにいいもんじゃないのよ。責任増えるだけで。給料そんなに変わらないのにさ。それに』

「それになに?」

『美緒が若い子に取られちゃう(笑)』

相手はふざけたつもりだったが、美緒はそれに乗らない。

「こんど、編集長になる人が言うセリフですか」
『美緒ちゃんらしい。編集長としてはむしろ、若い子にきつく当たらないかって心配になるわ』

「そんなこと、しませんよ」

『そう? 前例がないわけじゃないでしょ?』

「あれは、その、昔の話ですよ。ゆかさん、いいかげん怒りますよ」

美緒もそれなりにふざけたつもりだったが、どこかぎこちない。

『…真面目で頑固なとこ、変わんないね。さて、冗談はこれくらいにして、とにかく編集部まで来てよ。しばらく来てないでしょ。そこできちんと引き継ぎの話、しましょう』


そこで電話越しの会話は終わった。
美緒が家の玄関前に来たところだった。

相手は美緒の長年の編集担当者だった、大島ゆかり。40代前半女性。独身。

美緒はその約10才下、30代半ばで、いわゆるライトノベルと呼ばれるジャンルの作家になっていた。

しかもデビューじたい、現在から約10年(2000年前後)も前のことなので、作家のキャリアとしてはすでに中堅クラスであった。


美緒は家に入る前に、その古びた二階建ての一軒家を見上げた。築30年以上たち、あちこち何度か修繕を繰り返したものの、ほぼ子供の頃から変わっていない。

そこに、今は美緒ひとりで暮らしている。


結局、失踪した父はいまだ戻らず、すでにどこかで亡くなっているのかもしれなかったが、当人の作った借金は、美緒の作家仕事の稼ぎでようやく返し終わった。

それも、約5年前のことで、美緒にとってはついこの間、という感覚がまだ残っていた。肩の荷が降りきっていない感じがまだあった。

それでも、家を売らずに済んだことが、少しだけ、美緒を安堵させた。ずっと、家だけは守りたいという脅迫観念のようなものにつきまとわれて来たような気がする。

何故なのかは美緒自身にも分からない。借金に追い立てられているうちはその理由を考える余裕すらなかった。

父が失踪し、その後しばらくして弟が原因不明の死に方をした。
まともな葬式があげられず、何とか密葬の形だけは取れた。

心を病んで引きこもり状態になった母は使いものにならず、親戚縁者からはとうに縁を切られていたので、誰も頼れることもなく、動けるのは美緒一人であり、すべてが自分にのしかかってきた。

就職は出来なかったものの、仕事を選ばなければ、バイト、パートの類は当時たくさんあった。可能な限りの仕事を掛け持ちし、母の面倒を見ながらがむしゃらに働いたが、借金の炎の勢いは絶えることがなく、いっこうにおさまらない。


そして、弟が亡くなって二年後のある冬の日の早朝、母親が布団の中で冷たくなっていた。

まだ50代のはずなのに、衰弱しきって70~80代の老婆のようだった。皮肉なことに、死に顔は笑顔だった。


そのあとのことはあまり覚えていない。
やるべきことはやったのだろうが、思いだそうとしてもぼんやりと霞がかかったように記憶がはっきりしない。


深夜、暗闇の中、疲れきって目眩をおこしながらフラフラと間違ってまだ遺品の整理もろくにしていない弟の部屋のベッドに倒れ込み、そのまま寝落ちして、目覚めた瞬間、机と本棚の隙間に紙の束が挟み込まれているのに視線が行った。

いつもの癖で雑然と挟み込まれた紙の束を片づけようとして、ベッドの上にうつ伏せのまま手を伸ばし、紙をつかもうとしたとたん、ベッドから転げ落ちて机のカドに頭を打った。

後頭部の鈍痛を感じながら、その紙束を取ってよろよろと立ち上がり、部屋の電気を点け、何となく弟の机のイスに座って、机の上に紙束を広げた。

結構な枚数があり、PCのワープロソフトではなく、当時は普通だったワープロ専用機で書いてプリントアウトされた文章の束だった。

何故か読まなければならない、という切迫感はありつつも、体全体は重たくそれに引きずられるように頭も重く、なかなか集中出来ない。

そこに書かれたものが何なのか、頭に入ってこない。

それが文章のせいなのか、美緒の体の状態のせいなのかは分からない。分かるのは、間違いなく弟の、榊ノボルの書いたもののかたまりが目の前にある、ということだけだった。

そう感じれば感じるほど焦りはつのるものの、疲労で机の上に突っ伏した。眠りに落ちながら、悔しさで自分が泣いているのを肌で感じた。


目の前で2、3のオレンジ色のヒトノカタチをしたものがかけまわっている。
目を開けているのか閉じているのか、閉じているとしたらこれは夢なのか、全く判別できない。

よく分からないが、「見てはいた」。その視覚的感覚が脳に伝わるのを何かが邪魔をしていて、「見ている」感覚だけはあるものの、判断や理解が出来なかった。ぼんやりとした視覚だけを残し、他の五感はすべて奪われているような状態だった。

美緒の目の前をかけまわっていたオレンジ色の複数のヒトノカタチはしだいにそのカタチを崩し、人魂の連なりのようになり、美緒の頭の回りを回転しはじめた。不思議なことに、360度、その回転がよく見えた。

複数の人魂の回転はしだいに螺旋を描きながら上昇し、それらがひとつに収束した瞬間、バチンと激しい閃光と大きな音をたてて、人魂は消え去った。

バチンと大きな音が聞こえたのは、人魂が消えた瞬間に、五感が体に戻ってきたからなのだが、同時にその衝撃で美緒は机の上に頭を横にしながらまた意識を失った。




夜型の生活がデフォルトだったから、午前中の陽の光は眠気で眩しすぎたが、久々に着たスーツは気持ちを引き締めてくれて、思ったより疲れは感じない。

とうに通勤ラッシュの時間帯も過ぎていて、電車内は空いていた。

都内某所、JRから地下鉄に乗り換えて数駅、にぎやかな大通りを横切り古い商店街が続く狭い通りに入って国道に出る手前のビルの5階に、美緒の小説を出版している会社の編集部があった。

編集部のフロアの受付で応対した若い男子はバイトらしく、スーツ姿の美緒に初々しくビビって見せ、フロアの奥と受付のある簡易なカウンターのあいだを数回往復したあげく、編集長のゆかりに連れられるように戻ってきた。

「…すいません、榊先生だと思わなくて…。営業か、代理店の人かと思ってました…」

「まあ、そう勘違いするのも分かるけどね、美緒ちゃん、人をビビらせるのが得意だから」
ゆかりはそう言って苦笑する。

「でも、あなたも相手がどんな格好でも、ちゃんと応対できるようになさい」
「は、はい」

まるで母親と息子の会話を聞いているようだった。実際、年齢的にもそれくらいの差はあるだろう。

「佐藤さん、いる? 先生みえたわよ」
「はいっ」

今度は別の、女の子の声がフロアの奥からした。

「じゃ、こっちに来て。お茶にする?それともコーヒーにする?」
「ああ、じゃあ、コーヒーで」

そう答えた美緒をゆかりがフロア窓際の打ち合わせ用のブースに案内しようとする。

その場でぼーっとして立っているバイト男子に、
「コーヒーひとつとお茶二つ、ほら急いで」

口で尻をたたく。

いくつかのパーティションで仕切られた打ち合わせ用によく使われる、一番奥のブースに二人は入る。

先に、ゆかりに佐藤さん、と呼ばれた女子が中で立って待っていた。
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http://d.hatena.ne.jp/tobofu/
でアニメ感想系まがいのことをやっていますが、こちらはオリジナル創作漫画、小説の発表用のブログです(時間がないときや事情によってはアイデア、プロットレベルのものを提示するのみ、になってしまうかもしれません)。
その他総合的なプロフィールはhttp://www.geocities.jp/tobofu/
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