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「ヒタマ」 第二章「榊美緒の事情」(その2)

「ほわっ」

そのまだ20代前半と思わしき若い女子も、先ほどの男子と同じく美緒のスーツ姿にビビって思わず声を上げた。

「あっ、ごめんなさい」

その佐藤さんはすぐにあやまりながら顔を赤くした。メガネをかけているせいか、幼く、より頼りなさげに見えた。

「さ、さっさと終わらせて、飲みいきましょ。美緒ちゃん、いいわよね?」
「ええ、そっちがメインなんでしょ?」
「もう(笑)」

上司であるゆかりの隣で、佐藤さんはポカンとした表情で、ゆかりと美緒のやりとりを追っている。

「じゃあ、あなたも一緒にね、佐藤かな恵さん」

ポンポンとテンポよく交わされるゆかりと美緒との会話の途中で、いきなり紹介を兼ねるように自分に振られて、佐藤かな恵はただどぎまぎするしかない。

「は、はい」

一応、そう答えたものの、ゆかりと美緒の二人が黙ったままなので、何か言葉を継がなければと焦っていると、先ほどのバイト男子がブースの中にお茶を運んできて場の空気の流れを一時的に切断してくれたので、かな恵はその男子に内心感謝しつつ、隣と目の前の女性に気づかれないように息をゆっくり吐いて体の力を抜いた。

編集部内での引き続きはすでに済んでいるらしく、あとはそれを美緒が判断するだけだった。
「こんなところかな、じゃ、そろそろ…」

とゆかりが携帯の時計を確認していると、編集長、ちょっと、とゆかりを呼ぶ男性の声がする。

「ああ、もう、はい、何?」

ゆかりは面倒くさそうに答える。

「ちょっと待っててくれる?」

ゆかりを呼んだ男性編集部員がブースのなかを覗く。

「おー、珍しいね」

ここ最近は直接編集部に行くことも少なくなったが、美緒とほぼ同世代で、美緒がデビュー前、しつこく編集部に押しかけていたころから知っている顔だった。

ゆかりが席を離れてしまったので、美緒とかな恵のあいだに気まずい空気が流れたが、意外にも口火を切ったのはかな恵の方だった。

「…ブログ、やめちゃったんですか?」

「えっ、ああ、あれね、だって、あまり面白くないでしょう?」

美緒はそう来たか、作品よりそっちの方なのか、と感じつつ、おどけた芝居をしてスルーしようとした。

「結局、宣伝みたいな内容になっちゃうし、下手なのかなあ、私ああいうの。たまにいろいろ覗いたりするけれど、みんな上手いわよね。プロで、お金もらってものを書いてる立場としては落ち込むわ」

最後はわざと卑下してみせて、なるべく上から目線にならないように注意したつもりだった。

「そんな、たいしたことじゃなくてもいいんです。こんな本が面白かったとか、おいしい店を見つけたとか、子供の頃の思い出とか、ささいな日常でいいんです」

「日常」、か。
痛いとこ突いてくるな。

かな恵はテーブルの中央に無造作に置かれていたメモパッドから一枚取ると、英数字の混ざった文字を書いて美緒に見せた。

「この名前、覚えてませんか?」

名前と言われると、名前のように思えるから不思議だ。要するに、彼女のハンドルネームのようだった。

そう思ったのはその文字列に見覚えが確かにあったからだ。

「ああ、あなた、あの時の、」

「そうです、わたしです」

にこやかにそう言う彼女は、ついさっきの、ゆかりと同席していた彼女とは表情と立ち振る舞いからみて別人のようだった。その名前の自分がほんとうの自分だと言わんばかりの表情だった。

5~6年ほど前だったか、ブログのブームが最盛期だった時期、嫌々ながらも、当時の同調圧力に押されて、美緒も個人ブログを開設した。

10年ほど前の、美緒がようやく作家デビューできた頃はギリギリ手紙でファンレターが編集部に届くことがまだあったが、その後インターネットが一般に急速に普及してメールで感想が届く割合が多くなった。

それは、美緒が書かせてもらっている、編集部、出版社自体が早くからネットという新しいメディアに敏感で、美緒の小説のジュブナイル文庫レーベル単位でページが作られ、ただメールアドレスがリンクされているだけでなく、各作品の感想、作家への意見やメッセージが送れるメールフォームが目のつきやすいところに設置されていたからだった。

読者の立場に立った、当時としては敷居の低い、親切なサイト設計だった。

そういう姿勢の会社だったから、当然、ブログが登場してまだ一部の人間に注目され始めた段階からすぐにレーベルのwebサイトに導入し、主要な作家が持ち回りで書く、といういわば公式ブログのサービスを始めた。

美緒にしてみれば、公式であっても苦手であることには違いはなかった。

作家の中には、面白がって書いている人間もいたが、「公式」という性格上、当然、書いてはいけないこともあるわけで、その制限は美緒にとっていい文章訓練にもなったから、全く無駄というわけでもなかった。

つまり、建前としての「売り」は作家の「日常」を見せて読者との距離をより縮めるものではあったのだが、その「建前」を利用して実質は「宣伝コピー」である文章のバリエーションの訓練にはなった、と感じていた。

所詮は文章テクニックの問題にすぎなかったし、それも一つの「創作」であったからだ。

しかし、個人ブログとなるとそうもいかない。
公式ブログと違って、何を書けばいいのか、本当に困惑した。
結局は、「榊美緒」という作者名で書いている以上、暗黙の制限があるわけで、その点では公式ブログとあまり差はなかった。

救われたのは、ブログのコメント欄のファンの書き込みで流れによっては美緒が放置していても、ブログが賑わっているように見えることだった。

文庫の公式ブログはコメント欄を付けることは出来たのだが、ブログを導入する以前に開設されていたファンと作家、あるいはファン同士の交流を目的とした掲示板でもめ事があり、掲示板は閉鎖、ブログが始まってもトラブル防止のため、コメント機能は付加されていなかった。


誰でも簡単にブログが作れ、書けるサービスが数多く増え、ブームが過熱していた時期である。作家の「個人ブログ」という「体」は公式サイトよりさらに敷居を低くし、一時的ではあったが、作品の感想が公式サイトに送られたメールよりブログのコメント欄に書かれることが多くなった。

当初は美緒の小説の感想などの話題で賑わっていたが、次第に小説以外の話題でも盛り上がるようになった。自動的に、美緒のファンコミュニティの場になっていった。

その場を主に仕切っていたのが、コメント欄の常連でもあった、かな恵が見せたハンドルネームの人物だった。

当時美緒は、彼女の長文のコメントを眺めながら、そんなに語りたいことがあるのなら、何故自分でブログを立ち上げないのだろう、と漠然と感じていたが、やがてコミュニティの場そのものを彼女は仕切りたいのだ、ということがだんだんと分かってきた。

聞けばまだ珍しかったmixiでもすでに美緒の小説、また美緒自身の二つのコミュニティの管理人だと言うし、招待制だった頃のmixiに誘われ、慎重に、丁重に断ったこともあった。

今だったら、Twitterを始めろ、と言ってくるのがはっきりと想像出来た。


作家の立場、読者、あるいはファンの立場。その距離感が自覚出来てない人間。
ネット上のツールの特性上、そうさせてしまうのは仕方がないのかもしれない。

気がつけば「繋がること」がより重視されるようになって、そのことによる恩恵も否定はしないのだが、あえて言えば、強迫観念的な同調圧力、「繋がり」というより自発的な「縛りあい」とでも言うのだろうか、その状態は異常だと感じていた。

そんな状況下で、作家とファンの交流のあり方そのものがよく分からなくなっていき、商売を考えれば多少のファンサービスも必要だろうと我慢してきた気持ちもすでに限界に達していた。

そもそも美緒は、金にならないものは一切書きたくない、という人間だった。
小説にしたって、好きだから書いているわけではない。
はっきりとお金を稼ぐために書いている。

それはそれで、美緒の中での強い動機付けがあった。

たんに金を稼ぐだけなら、いろいろな方法がある。
さすがに風俗系方面の仕事には行かなかったが、作家としてデビューする前までは、かなりの数の職種を経験した。

好きで数をこなしたわけではない。
父の借金のおかげで、将来の夢について考える余裕もなく、自分探しをする暇もなかった。若い時期に、同年代の人間が青春を謳歌しているように見える姿を、うらやんだりする余裕すらなかったのだ。

そんな美緒が、将来の甘い夢としてたいていの若者が抱きがちな「小説家」の道に進むことになったのは、本当にたまたまでしかない。

過剰に堅実すぎる美緒が、小説で一発当てれば、などというギャンブル的な発想をするはずがない。宝くじさえ買ったことがないのだ。


しかし、たまたまではあったのだが、きっかけになったものはあった。
弟の、榊ノボルの残した文章だった。
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テーマ : 創作・オリジナル
ジャンル : アニメ・コミック

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http://d.hatena.ne.jp/tobofu/
でアニメ感想系まがいのことをやっていますが、こちらはオリジナル創作漫画、小説の発表用のブログです(時間がないときや事情によってはアイデア、プロットレベルのものを提示するのみ、になってしまうかもしれません)。
その他総合的なプロフィールはhttp://www.geocities.jp/tobofu/
参照。

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