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「ヒタマ」 第二章「榊美緒の事情」(その3)

ノボルの書いた、その小説らしき文章は、はっきり言って意味不明だった。
美緒は読書家といえるほど本好きではなかったが、学校の成績は優秀でそれなりに読解力はあるはずなのだが、それでも解読不可能だった。

やがて、意味不明なまま、バイトから疲れて帰ってきた時など、その弟の文章の束を眺めていると不思議と心が和んだ。

文章の内容がどうこうよりも、物としていわば形見のようなものだったからかもしれない。

現実主義で、理屈で割り切れないものは一切信用しない美緒だったが、頭では理解できなくとも、身体の方が反応したのだろう。心が和むというより、実感として身体全体が暖かくなる感覚がはっきりとあった。

何故、身体が温かくなるのか、美緒は自分でも分からなかった。

ノボルが書いた文章を通して、弟のノボルの思い出だけでなく、父と母、幸福だったころの家庭の空気が身体の感覚を通して蘇るからなのかもしれない。

亡き人を思う時にあらわれる郷愁感、と書くと美しいが、当時から今に至っても正確な実感として残っているのは、そんな表現では表せない。

あえて言えば、不思議な家庭だった、というのが自分の実感に近い。

父も母も、そして弟も、どこか浮世離れしていて、彼らのやりとりが作り出す雰囲気は実に独特だった。彼らが何を考えているのか昔も今も理解不能で、本当に自分はこの人たちと血の繋がった人間なのかと思うくらいだったが、疎外感はまったく感じなかった。

まるで、心が通い合うことはないが、それでも快く迎えてくれる他人の家に常に客人として招かれている感覚があった。

そして、その雰囲気は心地よくても現実味がないから、脆く、ちょっとしたことで壊れてしまそうに思えたから、なんとしてでも守らなければならない、という気持ちが幼い頃から早くも美緒の心のなかで生まれていた。


実際、美緒が感じたとおり、壊れてしまった後も、二度と元の形に戻ることはないカケラを執拗にかき集めるような行為をずっとしてきた、といっていい。

しかし、その行為が、現実問題としてどんなに頑張っても何も実らないものだと思い知らされ、自分に突きつけられたある時、ノボルの書いた文章にすがるように初めてその内容に真っ向から対峙することになった。

まさに藁にもすがる思い、であり、それが美緒の人生の転機となったのは確かなことだった。


ひとことで「電波」と一笑にふされてしまいそうなノボルの文章を、あたかも国語の問題を解くように必死に解読し、数日かけて美緒なりに翻訳し、作文のような、小説のようなものがひとまず出来上がった。

書き上げてすぐ、誰かに見て欲しかった。
感想でも論評でもなく、「正解」が欲しかった。弟のノボルが何を思ってそれを書いたのかを。

問題は誰に見せたらいいかだった。

高校を卒業した後でも付き合いのある同級生の友人がいるわけでもない。在学中の時から、どちらかというと美人の部類に入り、男女ともに隠れファンはいた美緒だったが、その堅物な性格と振る舞いで容易に人を寄せつけないオーラを絶えず出していたから、悩み事を打ち明けられるような友人は作れていなかった。

かといって、バイト先の同年代の人間に持ち出すことでもなかった。

ノボルの部屋の本棚をなんとなく眺めていると、コミックや文庫本、ハードカバーの本、アニメ誌等に混ざって、ある特定の小説誌のバックナンバーが本棚のスペースを一番陣取っているのに気づいた。

その中から一冊取り出してみる。
表紙がアニメ絵風だったので、アニメ関係の雑誌かと思えば、ページをめくって、どうやら、中高生向けのジュブナイル小説誌だと分かった。

見上げれば、本棚の上段には、その小説誌と同じ出版社から出ているらしい文庫が並んでいた。すぐさま小説誌の奥付のページを開き、連絡先をメモしていた。


今から思えば、無茶苦茶で、あまりに無謀すぎた。
作品の持ち込みではなく、ただ、ノボルが愛読していた小説誌を出している出版社の編集部に行けば、何らかの「答え」が見つかるかもしれない、と、ただそれだけの理由だったからだ。

編集部側も編集部側で、美緒が電話でアポを取れば、すぐにOKしてくれた。

ライトノベルのブームが爛熟期に入った今となっては、持ち込みはほとんど自由に出来ず、作品を見てもらいたい場合は編集部側が提示した規定の賞に応募しなければならなかったが、まだ「ライトノベル」というレッテルもない頃である。緩く、敷居は低かった。

その出版社自体がまだマイナーだったのと、70年代末に会社が出来て、当初はサブカル関係のものを扱っていたこともあってか、いい意味で言えば自由、悪く言えば杜撰な社風のようなものがあったせいかもしれない。

高校はとっくに卒業していたが、きちんとした身なりで行くには高校時代のブレザーの制服しかなかった美緒を応対してくれたのは、当時の男性編集長自らだった。というより、たまたまその時は他の編集部員は出払っていて、編集長一人しかいなかった。

その編集長は、丸顔小太りで、まんまるのメガネをかけ、頭の毛が寂しい感じは昔のマンガに出てきそうな典型的な学校の用務員さんを連想させた。

編集長は美緒の書いた文章を一読すると、レンズの奥の目が一瞬厳しくなったが、すぐに目の前の美緒に対して笑顔をみせ、

「ああ、そうだ、飲み物出してなかったね、何がいい? たいしたものはないけど外の自販機で買ってくるから…」

「いいです。それで、どうなんですか?」

美緒はキリッと編集長の目を直視しようとする。

編集長は、その勢いに気負わされ、ただ目を逸らすだけだった。困ったという表情がわかりやすいほどだった。

そしてようやく、

「…これ、本当に君が書いたの?」

「えっ」

「うーん」

編集長は言おうか言うまいか躊躇しているようだった。

「はっきりいってくださって結構です」

「そうか、じゃあ、君は小説家になりたいの? それともライターになりたいの?」

「えっ。それはその、ライターって、新聞記者みたいな人のことですか?」

美緒の本音は別のところにあったから、上手くごまかせなかった。

「うん、まあ、近い職種と言えるけど、そうだな、これはレポートであって、小説とは言えない。君、小説の持ち込みに来たんだよね」

美緒の体が縮こまる。

やっぱりプロの人は違う、美緒は落胆はしてはいなかった。確かに自分でも小説の持ち込みというのは建て前で、どうせまともに相手されないだろうと思っていたからだ。

「でもね、内容は面白いと思う」

「えっ」

美緒は思わず顔を上げて、無防備にも嬉しそうな表情になっているだろう自分にしまった、と感じたが、気持ちは抑えられなかった。


「ただいま戻りましたあ」

その時、ある若い女性がフロアに入ってきた。

「あれ、誰もいないんですか?」

女性はフロア内を歩き回り、

「なんだ、いらっしゃるじゃないですか」

と、編集長を見つける。

同時に編集長の前に座っている、制服のブレザー姿で黒髪ストレートロングの美緒を認めて、

「あら、かわいい」

まだ20代でバイトから契約社員になったばかりの大島ゆかりだった。

編集長は美緒の原稿をゆかりに渡す。

しばらく三人とも黙ったまま、沈黙が続いた。

編集長は上を向いて何かを考えている。

美緒は原稿を淡々と読むゆかりを凝視している。

ゆかりが原稿から顔を上げた。
「これ、元原稿ある?」

「えっ」

さっきから「えっ」の連発だ。

「あ、やっぱりそう思う?」
編集長も駄目押しをする。
ゆかりと編集長の視線が美緒に集中し、美緒はパニックになって何も言葉が出なかった。

「あなたとは別の誰かが書いたもの、話したことでもいいけど、それにあなたが手を加えたとか」

図星すぎて美緒は何も答えられなかった。

「あ、ごめんね。別に何かのパクリじゃないのか、とか、そう責めてるんじゃないの」

うつむいたまま固まっている美緒に対してゆかりは出来るだけフォローしようとしていた。

「そうじゃなくて、なんとなく話の元になるもの、プロットっていうんだけど、それはあなたが考えたものじゃないような気がして。ええと、それは何も悪いことじゃないの。他人の思いつきをヒントにして話を膨らますパターンって、普通に作家さんもやることだし。私の勘違いであなた自身が元から考えたものかもしれないし、ただ、直感でそう思っただけだから、えーと、気にしないで」

泣きそうになっている美緒をフォローするのに必死なゆかりは困ったな、という顔をした。

「でも、君の直感は当たるんだよね」

「だから、そういうこと言わないでくださいよ。いじめですよ」

美緒はもう何のためにここに来たのか分からなくなっていた。
ノボルの書いたものの意味を知りたかったのが、本当の目的だったのだが、ノボルが書いたものそのものを見せるのは嫌だった。

それは明らかに矛盾しているのだが、ノボルの素の原稿そのものが否定されるのが怖かったからだ。

だから、自分で書き直していわばカモフラージュしたのだ。
ゆかりは美緒に原稿を返しながら言った。

「いろいろ未熟すぎるけど、お世辞でなく、面白いよ、これ。でも、変に整理されすぎてて面白さが弱くなってる気がするの。だから、そもそもあなたが何を書きたいのか、それを知りたかったのよ。そこは誤解しないで。出来れば、アイデアとかプロットレベルでもいいから、見せてほしいな」

美緒は、「面白い」と言われたことに激しい違和感を感じながら、ゆかりから原稿を受け取ると、立ち上がり、

「あ、ありがとうございました」

そう言うと逃げるように、早歩きでフロアのドアまで行き、そこでもう一度、ゆかりたちに向き直り、

「し、失礼しますっ」と深々と礼をして外に出て行った。

「なんなんだ? あの子」

となりのテーブルでゆかりが腕組みしている。

「気になりますね」

「そおぉ?」

編集長はとぼけてみせた。

「ああ、しまった。連絡先聞いとくの忘れてた」

「まだ早いでしょう」
そう言いながら、来客用のテーブルから離れ、編集長は自分のデスクに向かう。

「あの子次第だよ、縁があればまた来るよ」

そう言って、デスクのイスに座り、編集長は美緒がアポを取ったときにさりげなく聞き出した美緒の家の電話番号のメモを引き出しにしまった。
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その他総合的なプロフィールはhttp://www.geocities.jp/tobofu/
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