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「ヒタマ」 第二章「榊美緒の事情」(その5)

最初に美緒が編集部に来て約半年後、二度目の時には今度は学校の制服姿ではなく、頑張って買いそろえたのだろう、就職活動の学生のようなスーツ姿で再びやってきた。

別の編集部員と打ち合わせしていたゆかりは美緒が編集部のフロアに入ってきた瞬間、『来た!』と内心確信してすぐに立ち上がった。ゆかりのいた場所からはパーティションに遮られて誰が来たのか見えないはずなのにだ。

若い編集部員が要件を問いただす間もなく、美緒は一直線に編集長のデスクの元へ行き、

「小説の書き方、教えてください!」

はっきりとした力のある声で編集長に言った。

フロアにいた全員が美緒の方を向いた。あまりに確信に満ちた声だったので、皆その言葉の意味のあまりの場違いさに気づくのに長い間があった。

すかさずゆかりが美緒の手を引き、打ち合わせ用のブースの中に彼女を引き入れ、編集長は自分のデスクを離れて二人の後を追った。

その他の編集部員たちはそこでようやく我に返り、小声で「なんなんだ?あれ」などなど、言葉を交わし始めた。


興奮ぎみの美緒を席に座らせ、ゆかりは美緒の正面に回って座った。遅れて編集長がゆかりのとなりに座る。

「あれから自分なりに考えて、書いてきたんですが」

と、ゆかりと編集長が言葉を発する前に美緒は原稿を編集長の方に差し出す。

編集長は原稿を受け取って、となりのゆかりに先に見る?というような仕草で原稿を渡そうとするが、ゆかりは後でいいです、という仕草で返す。

編集長が原稿を読んでいる途中で、

「ちゃんと小説になっているかどうか、見てもらいたいんです。小説になっていなかったら、どうしたらちゃんとした小説になるか、教えて欲しいんです」

美緒は言葉を挟んだ。

「それは私も読ませてもらってから判断するから、ちょっと待っててくれるかな」

先走りぎみの美緒にゆかりはやんわりとたしなめる。

ゆかりは美緒の態度と原稿を読んでいる編集長の表情から、何か変だ、と感じた。

編集長が原稿を読み終わり、ゆかりに渡した。そして腕組みをしてしばらく黙っていた。

ゆかりは手早く原稿に目を通した。違和感の理由がすぐに分かった。
そして、期待が裏切られたような感触があった。

今度の美緒の原稿が手早く読めたのは、よくあるジュブナイル向けのファンタジー小説だったからだ。いわゆる「剣と魔法もの」であり、平凡な、ごく普通の現代の少年の主人公が、そういった異世界へ召喚されるという、王道と言えば聞こえはいいが、よくありがちな内容だった。しかも、展開自体も定番で、教科書的であり、先の内容がすぐに分かってしまうようなものだった。

いろいろ勉強して、「小説」になるように頑張って書きました、という印象が強く出ていた。いかにも学校優等生が書いたような「小説」だ。


「これって…」

ゆかりが戸惑って編集長の方を向く。

編集長はまかせるよ、という仕草をゆかりに返した。

「前の話はどうしたの?」

「前の原稿は忘れてください」

美緒はすぐに切り返してきた。

「じゃあ、言い方変える。あなた、こういうのが書きたかったの?」
「好きなものが書きたいとか、そういうことじゃないんです。売れる小説が書きたいんです」

美緒ははっきりと言い切った。

「えっ」

ゆかりと編集長が同時に唸った。

ゆかりはこの半年間で美緒にどんな心境の変化があったのか想像を巡らせたが理解出来なかった。


正直、ゆかりとしては、以前美緒が持ち込んできた原稿の内容に惹かれるものがあった。自分が担当編集になって、あの話をブラッシュアップさせてみたい、という欲求がこの半年間、悶々と続いていた。あの話なら「エヴァ」に対抗できる。

美緒が最初に持ち込んだあと、TVアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」(1995年秋~1996年春)が放映されて、最終回の終わり方など、問題作だっただけに、本格的なブームが始まりかけていた。

そのブームはアニメ業界だけでなく、中高生向けのマンガやゲーム、小説にまで多大な影響を及ぼし始めていたから、ゆかりたちのジュブナイル向け小説誌編集部でも商売的には他人事ではなかった。

特にまだ20代で若かったゆかりは見事に「エヴァ」に揺さぶられてしまい、強く意識せざるを得なかった。そのために、美緒を利用する、というのは編集者として身勝手な欲求だったのだが、必死に自制していた。

一方、編集長はガチでおたく第一世代と呼ばれるような人間だったから、事態の趨勢を客観的に静観することができた。ただし、商売上無関係ではなかったので、どう対応するのか、悩むところではあった。

美緒が言った「売れる小説」ということで言えば、即戦力になるのはまさしく「エヴァ」のような小説であり、実際他の持ち込みでも「エヴァ」の亜流的な作品が増えてきていた。

美緒はいやがるだろうが、編集部権限で以前の原稿のような路線を推し進めれば、ブームの時流に乗ることは出来るだろう、しかし、すぐにただの亜流作品と見なされて、飽きられてしまう可能性もあった。

その意味では、編集長は内心、いったんは旬がすぎたように思える異世界ファンタジー小説を美緒がこの時点で持ってきたことを評価していた。つまり、流行に惑わされることなく、王道、基本から入ろうという姿勢が見えたからだ。しかも「売れる小説」と言ってこの路線を持ってきたのである。

問題は、編集長の立場としては、ゆかりの気持ちをいかに抑えるかだった。


そして、美緒には美緒なりの考えがあった。

現実問題として、バイトレベルでは、父の作った借金を完済出来る見込みがまったくなかったのだ。

もちろん、小説家になって、ヒット作を出し、一気に返済するなどという、バクチみたいなことはあり得ないのは分かっている。

「縁」の繋がりなどという、不確かなものも信用してはいない。

しかしである。他に選択肢はあまりない。

だとすれば、半信半疑ながらも、弟のノボルの作ったか細いかもしれない編集部との「縁」に賭けてみるしかない。

そもそも、元から「縁」がなければ半年前の時点で原稿を見てもらえず、保留つきであっても「面白い」と言ってもらえなかったはずなのだ。

だから、出来るだけ堅実な「賭け」に出ようと決めた。

ノボルの作ってくれた「縁」を最大限生かしてもらいつつも、当のノボルの元原稿を賭けの材料にはしたくないという気持ちと、この半年間美緒なりにこの業界の動向を研究した結果、ノボルの元原稿を素材に使うのはまだ素人同然の自分にはあまりに無謀過ぎると判断したのである。

さらに、一年かけてものにならなければ、この選択肢をキッパリ切り捨てるつもりだった。

実に美緒らしい覚悟の決め方であった。


そして、美緒自身の努力と、どこか腑に落ちない表情をことあるごとに見せていたゆかりを編集長が上手くたしなめつつ、両者の援助によって、美緒はギリギリ一年後、小説誌にデビューすることを実現させた。


美緒の努力と、編集長の意図していた編集方針、ジュブナイル小説誌として、ベースに間口の広い、王道的なものは残しておきたい、その役目を美緒に担ってもらいたい、という意図が上手くかみ合ったのもあるだろう。

とはいうものの、それだけではなく、何らかの、ノボルの「縁」を媒介とした「運」らしきものが働いていたことに、美緒自身、気づくことはなかった。



美緒がそのことに気づき、自覚し、納得することになるのはまだ先の話である。
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その他総合的なプロフィールはhttp://www.geocities.jp/tobofu/
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