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「渦流の国の少女・ 幼年期の終りという名の傲慢」(8/終)

暴動の流れがドーム・コミュ運営委員会庁舎ビルそのものに移りつつあったとき、すでに暴動自体の熱は冷め始め、参加した住人の数は減ってきていた。それでも抗議行動という、いつの間にか自称知識人らを中心とした住人たちの扇動によってでっち上げられた行動の意思表明の根拠の維持のために、止むことは無かったから、ほとぼりが冷めるのを待つわけにもいかなかった。

九重が、これまたフェイクスたち総合校生徒会の面々によってでっち上げた謝罪ためのシナリオの骨子を運営に伝えたあと、わずか2時間ほどでドーム・コミュの公共放送、主にラジオとテレビ放送の二つのメディアによって、謝罪会見が生中継されることとなった。

その会見の場では幾人かの運営委員会のメンバーが出席し、中央には例のケープを纏った初老だが精悍で若々しい表情の運営委員長がいた。

当初の発端からすれば、何よりもまず、これは榊夜々子のための謝罪である。

意識が戻った夜々子の病室にケーブル経由で繋がるテレビ受像器を持ち込み、彼女に見せる必要があった。そして、九重、生徒会の三人、元素子とスカラ・テング、ビアンミニとトウナ、など診療所にいた者たちもその中継を一緒に見た。

謝罪会見で榊夜々子の名が出ることはない。それは夜々子が後に下手に何らかの事件に巻き込まれないために、名前を出させないという九重やフェイクス、ノキユの考えもあったのだが、主目的はドーム・コミュ住民全体に対する、市民意識の再確認であったからだった。そのために、出だしは前ドーム・コミュリーダー甘粕斧の追放に対する謝罪で始まったものの、最終的には現運営委員長の、独裁ではなく絶対民主制実現のための所信表明となった。運営委員長の口調には、期せずして、元々は同じ理想を追い求めながらやがて主張がすれ違いライバルになったらしい甘粕斧の名前がまた知られてしまったことを意識してか、改めてこのドームの行く末に自分の理想を託す、といったはっきりとした力強さがあった。

だから、夜々子の父である甘粕斧に対する謝罪はなされたものの、それは娘に対する謝罪ではなかった。しかし、妥協案として、仕方がないことではあった。

テレビ中継を無言で見る夜々子を、周りの者もその反応を注視していた。

スカラ・テングの持ってきた新しいフィギュアに移った夜々子は、黒髪ロングで大人びた外見のせいもあってか、前のフィギュアよりも清楚に見え、謝罪会見を冷めた目で眺めている、といった風であった。

会見自体の時間は短く、その後ニュースキャスターと解説役の識者による会話が延々と続き、その合間に繰り返し会見の模様がリピートされて差し込まれた。

「もう、いいです。テレビ、消してください」

榊夜々子はただ一言そう言い、その後父親について何も言うことは無かった。

夜々子の病室から人々は去り、ビアンミニは野外病院の状況を見るために出かけて、夜々子の介抱はトウナ・オリジに任せられた。ようやく多少の食事が取れるようになった夜々子のため、トウナは病中食の準備で病室から離れて、残ったのは元素子と夜々子の二人だけになった。

スカラ・テングは元素子の本当の姉の「夜々子」のフィギュアの姿を知らないはずだが、目の前の夜々子の姿は元素子の死んだ姉にそっくりだった。その偶然に驚いて、元素子は病室から離れることが出来なかったのだ。

フォトンリングを放って意識を失った榊夜々子を元素子が救出したのだが、夜々子の方は当然元素子を知らず、これが初対面だった。

「何か、用ですか?」

病室から動かない元素子が気になって榊夜々子の方から問いかけてきた。

元素子はどう話を切り出していいか戸惑った。

「亡くなった妹さんがいるそうですね」

フェイクスから聞いた情報だった。

「…名前よかったら教えてもらえますか?」

「何故?」

そうだよな。いきなりこれは失礼だ。元素子は覚悟を決めた。

「私の死んだ姉が夜々子って名前なんです」

榊夜々子はそれがどうかしたのか、といった表情をした。別に同じ名前のヒトが他にいてもおかしくない。

「妹の名前…元素子。元素に子と書いてもとこ」

「そう」

元素子には衝撃だったが、あえて平静を装った。

「それがどうかしたんですか?」

「私、も、元素子っていうんです。同じ、元素に子と書いてもとこ」

「えっ」

それにはさすがの榊夜々子も驚きを隠せなかった。

二人の間でしばらく沈黙が続いた。感動の対面とならなかったのは名前の共通性しかなかったからだ。

「父は、どんなヒトだったんですか?」

「会見で言われた通りよ。逆に、あなたは父の、何を知っているんですか?」

夜々子に逆にそう切り替えされて、元素子は言葉に詰まった。

元素子には自分の父親の記憶があまりにも曖昧すぎて言葉に出来なかった。だから、知りたかったのだ。

でも、知ったからと言ってどうだっていうのだろう。目の前の夜々子のフィギュアの姿こそ自分の姉に似ているが、中身の渦流魂は別物なのだ。昔のような姉妹関係だとも思えない。

それは榊夜々子の方だって同じはずだ。

何らかの因縁が例えあったとしても今の生活が大きく変わるわけではない。

それでも、と元素子は思った。

所詮妄想やこじ付けに過ぎないとしても、あのとき、うづるさんの渦流魂に巻き込まれて起きたかもしれない奇跡、時空が歪んで発現した生まれ変わりかもしれない奇跡を、少しは信じても良いのではないか。奇跡というものに少しは寄りかかっても良いのではないのか。

そう感じた元素子は話を切り上げた。

「ごめんなさい。ただの偶然かも知れないね。あなたの父と私の父はやはり違うみたい」

一方的な感傷を他人に押しつけることは出来ない。

「お大事にね。早く元気になって」

そういうと、元素子は病室から出て行った。

夜々子は分けが分からず、首を傾げた。

元素子は気を紛らわすため、自然と野外病院で作業しているはずのスナフの元へと足が向いていた。



×  ×  ×



謝罪会見内容がドーム・コミュの住人たちにどの程度伝わったのかはわからない。しかし榊夜々子の放ったフォトンリングの威力が噂で伝わって、裁定者に対する怖れが増したのか、暴動は一気に収まりつつあった。何とか収まってくれた、というのが正しかった。

その後、ノース・ノキユ、フェイクス・オリジ、ハルモ・ルニーの三人もいつもの生徒会の仕事に没頭した。脳天気なハルモはともかく、フェイクスとノキユは早くこの件を忘れようとするかのように何も考えずあえて忙しく働いた。

暴動を抑えるためとはいえ、真実ではなく、住人たちが望むであろう「物語」をでっち上げたのだ。騙したのである。そのことで事態は収まってくれたのだから結果的には良かったのだが、運営側の目論みに協力してしまったことがある種の後味の悪さを残した。この街で生きていくこと、選択の自由はありはしてもいずれ自分たちがこの街の為政者になってしまった場合のシミュレーションをさせられてしまったことに対する悔しさを隠しきれなかった。教育者でもある九重がそうし向けたところもあったはずなのだ。

それでも。

ただ何も気にしないでいるのか、ハルモの天性のコミュ力の高さのお陰か、フェイクスとノキユの間に入って空気を和らげ気を遣うその存在に対して、フェイクスとノキユの二人は実際に会話せずとも、本当に守りたかったのはハルモとの三人の関係ではなかったのか、と改めて気づくことが出来た。

九重先生がまたいずれ自分たちに無理難題を押しつけて来た時、今度は承知出来るものではないかもしれない。その時にはちゃんとハルモとも一緒に三人で戦おう。

そうフェイクスは思った。それはノキユも同じ考えのはずだ。



×  ×  ×



ドーム内の暴動の影響のせいで難民船の出航が遅れ、そのお陰か、榊夜々子は難民船で帰ることに間に合った。
見送りにはトウナの代わりのフェイクスと、スカラ・テング、元素子の三人が出向いた。生徒会長のノキユは相変わらず忙しかったし、ハルモはその手伝いをしなければならなかった。

「トウナさんとはもう挨拶すませてあるから。いい妹さんよね。大事にしてくださいよ、先輩」

大人びたフィギュアの外見のせいなのか、年下だったはずなのに年上に見えて、フェイクスは夜々子から窘められている気がして身の縮む思いをした。

「どうしても行くのか?」

「何ですか、もしかして引き留めたいんですか?」

そういう言い方は小悪魔的だった。

「ここは私の故郷ではあるけれど、別に住みたい場所じゃないんで」

「なるほど」

「そのフィギュアな、俺の自信作でもあるんだ。大事にしろよ」

スカラが声をかけた。

「いいんですか?あげちゃって」

元素子が言った。

「いいんだよ。設計データはあるしな。それにあの裁定者のフィギュアを使いこなせていたお前にこそおれの高機能フィギュアは相応しい」

「ありがとうございます。スカラさん」

「自慢ですか」

元素子が突っ込んだ。

「元素子さん、あの名前の話、考えたんです。真実が分かったらまたここに来ます。それまでここにいてくださいね」

夜々子は元素子にそっと耳打ちした。

「えっ」

元素子は夜々子の予想外の言葉に驚いた。そして嬉しくなった。

「ええ、待ってます!」

「じゃ、皆さんお元気で」

そう言うと榊夜々子は難民船のユニットの一つに向かって駆けていった。

難民船ユニットの天井区画では、手足に太古の艦艇のミニチュアのような大砲をゴテゴテ付けたセーラー服姿のフィギュア少女、カン・レムスが暴れ回っていて、周りの難民船の住人たちに押さえ込まれていた。

「まったく、フィギュアが変わったくらいであたしに気づかないんだから、あの大砲バカ!」

テーマ : 創作・オリジナル
ジャンル : アニメ・コミック

「渦流の国の少女・ 幼年期の終りという名の傲慢」(7)

榊夜々子の渦流魂を別のフィギュアへ移すため、ビアンミニの診療所へ彼女を移動させるという話を聞き、九重・ヴァン・花蓮は夜々子を人目に触れないようにするためにもその方がいいだろうと判断した。

そして、事態収拾の対処を計るために、ノース・ノキユ、フェイクス・オリジ、ハルモ・ルニーの三人に加え、もしもの時の警備役として元素子にも診療所へ来てもらうよう、九重は彼らを促したが、フェイクス一人が反発した。

ハルモがフェイクスを説得していた。

「後は勝手にやっててくれよ。トウナが心配だ。ここを離れるわけにはいかない」

「トウナさんはあたしが見てる。だからさ、フェイクスはフェイクスが出来ることをやってよ」

フェイクスは黙ったまま、動こうとはしない。

「そんなの、あたしの知ってるフェイクスじゃない!」

「お前は俺の、何を知ってるんだよ!」

「ノキユ、ノキユからも言ってよ」

ハルモは傍らで心ここにあらずといった感じでただ立っているノース・ノキユに振った。

「ハルモさん、い、いいのよ…。無理強いは出来ないわ」

ノキユはフェイクスから視線をそらし、言葉にも力が無かった。

「らしくないよ!二人とも!」

九重が三人のもとへやって来ていた。そろそろ強引にでも連れて行かないと駄目だと判断したからだった。

「らしくないって、何なんだ。大人が自分で尻ぬぐい出来ないことを俺たちがやりゃなきゃいけないことが『らしい』ってのか」

フェイクスは向かってくる九重を見た。ハルモは途中から泣き出していた。

「…悪い、言い過ぎた。ハルモに言ってるわけじゃない」

九重が声を挟もうとした時、フェイクスは腕が引っ張られるのを感じて、思わず力を入れた。

「お兄ちゃん、駄々こねすぎ」

フェイクスの腕を掴んだまま、トウナが上体を起こした。

「トウナ、まだ寝てろ」

「大丈夫だよ。やっと力入ってきた。榊さんも気になるし、あれ、ビアンミニ先生でしょ、手伝わないと」

「あの先生のこと、知ってるのか」

「うん。ワークショップの先生だよ。お世話になってる」

そう言うとトウナ・オリジは立ち上がり、まだ足取り覚束なかったが、ビアンミニの方へ向かった。

「…まったくさ、お前らは!」

フェイクスは気持ちのやり場に困ったが、いったん棚に上げるしかなかった。そしてまだ泣いているハルモに向き直った。

「すぐ泣きゃいいってもんじゃないんだよ。子供か」

「だってえ…」

フェイクスはノキユに目線を向け、ハルモの方へと動かした。その意味を察してノキユはしゃがんでハルモを宥めた。

よく出来た生徒たちだ。正直フェイクスを説得する言葉が見つからないでいた九重はホッとしていた。そんな自分がどんなに狡いかも分かっている。そうまでしてまだ彼らの手を借りなければならない辛さもあった。事態が解決出来ようと出来まいと、この借りは途方もなく大きい。はたして自分が返せるものがあるのかどうか。でも、これは必ず返さなくてはいけない、と九重は誓った。



×  ×  ×



ビアンミニの診療所は、この街が巨大な天蓋で覆われる遙か以前から存在するコミュニティー、ドーム内ではもっとも古いコミュ内に埋もれるようにあった。外部からは目新しく小綺麗に見えるこのドーム・コミュも、古いコミュの住民に揶揄されるように、いくつかのコミュの集落の上にただ巨大な蓋をしただけであって、地上のいわゆる山の手と呼ばれるような地区や、ドーム天蓋内側に何層も造成された天井区画などに比べれば「ドーム」としてのインフラの整備は遅れていた。そのため、画一的ではない歴史を感じさせる街並みの風景は多様性も想起させはしたが、ドーム運営のコントロールが届きにくい隙間も多くあって、各コミュの自治権は未だ強く残っていた。

おそらくは技術的なタブーに関わることが影響しているのかドーム内に総合病院のような施設はまだ作れず、フィギュアの病院である、診療所のような場所は切実に必要とされていた。ビアンミニの診療所も周りの街並みと同じ時間を過ごし、約三世代ほどに渡って引き継がれてきた施設であった。

榊夜々子はすでにスカラ・テングが売り込み用に持ってきたフィギュアに渦流魂が移され、病室で寝かされていた。意識が戻るまでビアンミニ自ら付き添った。助手としてトウナ・オリジが雑事を行った。トウナ自身も病み上がりで、ビアンミニからここは自分だけで充分と、休むよう言われたが働くと言って聞かなかった。夜々子のことが心配なのもあるし、何より勉強にはいい機会だったからだ。

夜々子の元のフィギュアについては、スカラ・テングが施術室で一人こもり、念入りに調べていた。

元素子は玄関内でいざという時のために待機している。事情を聞いた、診療所に看護師として長年勤める女性のサッカ・ルーネが、自発的に動き、普段から親しい近隣住民に対しそれとなく挨拶に回った。つまり口止めのためだった。

応接室で九重を交えた生徒会の三人で会議を始める少し前、フェイクスはノキユを給湯室へ誘った。少しの間誰も入れるなとトウナを見張りに付けた。トウナは深く詮索せず、すぐに察して「かしこまり!」と快諾した。


「あ、あの、な…」

誘ったものの、フェイクスは上手く切り出せなかった。別に深い話じゃない。確認だ。だが大事な確認だ。

ノキユの方もハルモを挟まずフェイクスと二人きりになるのには慣れておらず、黙っていた。

「ドーム・コミュにはいろいろ思うことはある。まあ、トウナのこともあるんだが…。それでもここは俺にとって大事な街だ。いや、違うか。俺の方が離れられないのか。とにかく、俺はここでしかやっていけない。元素子やスナフとは違うんだ。だからさ、どうあろうと、ここを守らないといけないんだよ」

これじゃ自分の事情をただ言ってるだけだ。ぎこちなく上手く言葉にならない。
からかいやけんか腰の時は平気なのに、照れが入りすぎてフェイクスはノキユの顔を見られなかった。

ノキユの方はフェイクスの態度と言葉に驚いていた。

「お前はさ、どうなんだ。生徒会長という立場じゃないお前は」

フェイクスはそう言うのがやっとだった。

ノキユはその言葉を向けられて、自分はどうしたかったのか、何も考えてこなかったのではないかという疑念が生まれて、困惑した。生徒会長という役割の先に何をしたかったのか。役割をただ演じているだけではないのか。だったら、あなたと同じ。役割を演じるためにはここででしか出来ないもの。ノキユはそう着地しようとして、それを伝えるための適切な言葉を探したが、その間のノキユの沈黙に、

「悪かったな。いいんだ。忘れてくれ」

フェイクスが強引に会話を切断しようとした。そして、給湯室から一人立ち去ろうとした。

どうして、そういう言い方するの?それで、気を遣っているつもりなの?

ノキユの中で気持ちに言葉が追いつかず、代わりにフェイクスの手を取った。フェイクスが驚いてこちらを向く。それに気づいて、自分のやったことを恥じて顔が赤くなった。

「…私も、ここでしか生きられない」

フェイクスの手を放して、ノキユは言った。本当は、この言葉の真意を伝えるためには、もっと言葉を足さなければならなかったが、ノキユにはそれが出来なかった。

これだけではフェイクスにすべてが伝わるわけではなかったが、フェイクスにとっては今このとき、この言葉だけで充分だった。



×  ×  ×



事態収拾のための会議といっても、それほど悠長にやっている暇はない。誰が仕切るのかという空気が出来る前にフェイクスが切り出した。

「まずドーム運営にはメディアで謝罪させる。それが大前提だ」

フェイクスはここで言葉を切った。そこから始めるという意思表示で、異論があれば促すためだった。

「問題は何をどう謝罪するかだが…」

誰も口を挟まなかったのでフェイクスは続けてそう言い、離れた席でメモを取っている九重の方を向いた。

「それでいい。フェイクス、続けたまえ。運営が真実を語ることはない」

「え、そうなの?」

ハルモは、フェイクスとノキユがいつの間にか元の二人の戻っているのを見て嬉しくなって、しばらく黙っているつもりだったが、思わず声を出してしまった。が、自分一人が今初めて知ったという風になったので、恥ずかしくなって再び口を噤む。

「この際事実はどうだっていいんだ。暴動を起こしてる連中が納得しさえすればいい。そのためのシナリオをでっち上げる」

「榊さんが言った甘粕斧の過去もそのまま使うしかないわね」

フェイクスの後をノキユが受けた。そして、ノキユが甘粕斧と自分を重ねて妄想した事柄も話した。甘粕斧が自分に従わない住民に対してしたであろうこと。

「それも使えるが、甘粕斧を一方的に悪者には出来ないな」

「どうして?」

「甘粕斧は不在だ。例え何処かで生きていようとこの場にいないことは確かだ。不在のヒトを悪者にしても憎悪の解消にはならない。甘粕本人はそれを『呪い』として狙ったのかもしれないがな」

そうなのだろう、とノキユは感じ入った。対象になった者は不在なのだから具体的に何らかの罰を受けるわけでもなく憎悪の受け皿が存在しない。とすれば憎悪の向かう先は散漫になりとばっちり的に飛び火する。それが甘粕斧が逆襲のために、娘の特殊なフィギュアとともにこの街に残した「呪い」なのかも知れない。

「それに、榊夜々子に被害が及ぶことは絶対に避けなきゃいけない」

甘粕斧が不在で、その娘である夜々子が実在する、となれば彼女が憎悪の対象となってしまう。ゆえに、甘粕斧を悪者には出来ない。

「とすると、運営が悪いということになるのかしら?」

「それも出来ない。もちろん謝罪はさせるんだが、奴らのプライドが許さないだろうから、連中の損になる方向には持ってはいけない」

「じゃあ、残るは…」

「裁定者が一番の悪者だ。そして、甘粕もドーム運営もその被害者」

「裁定者を悪にしたって同じことなのではないかしら?」

ノキユは拍子抜けしてついフェイクスに食らいついた。

「どうしてだよ?」

フェイクスのその切り返しはノキユにわざと言わせる節があった。

「裁定者を悪にしたら、それは甘粕斧の時代と同じことになってはしまわないかしら。相手が強大すぎて拒否反応を生む。反発が運営や私たちに向きかねない」

「俺たちには味方がいるだろ。渦源流だよ。裁定者もおいそれとは手を出せない」

「本気なの?」

「本気じゃねえよ。裁定者と戦争するわけじゃない。渦源流を味方に出来るわけもない。だが渦源流を裁定者に対する俺たちの後ろ盾にすることは出来る。出来るというか、そう思わせるんだ。暴動起こしてる奴らに。渦源流は俺ら渦流魂の生命の源でもあるんだからあながち間違いでもないだろ。思わせるじゃない、そもそも俺らはそういう存在だということを再認識させるんだよ」

それはフェイクス自身の素直な実感でもあったろうが、渦源流という巨大な存在の下に生きるすべての渦流魂のヒトに共通する実感でもある、とノキユには理解出来た。

その時、応接室のドアがノックされて、元素子が顔を出した。その後ろでスカラ・テングが元素子を急かし、元素子の言葉を待たずに言った。

「奴ら、あの娘のフィギュアを消しやがった。ちょっと目を離した隙にだ。施術室はちゃんと施錠してあったし、部屋にいたのは俺だけだ。あんなことが出来るのは裁定者の連中しかいない」

「証拠隠滅か。あいつら今の俺らの会話、盗聴してたんじゃないだろうな」

「ええっ!?」

フェイクスの言葉にハルモが声を上げた。

「榊夜々子さんの特殊なフィギュア…、というより彼女をそのまま消し去ることも出来たはずよね…」

「ノキユも怖いこと言わないで」

「あの時の盗賊も言ってただろ。裁定者も一枚岩じゃないんだ。夜々子がフォトンリングを放った時だってモノリスは逃げたんだぜ。機能的には抑えられるはずなのに。モノリスは道具に過ぎないから撤退の判断はそれを使ってる者による。渦源流への過干渉が出来ないからそうしたんだよ」

「そうね、甘粕斧の時だって、彼の反逆を知って、裁定者はモノリスを使った甘粕斧に関するデータの完全消去、記録だけではなく生き物のの記憶までも消し去ろうとしたんだわ。しかし渦源流への干渉は避けなければならなかったので中途半端に渦流魂のヒトにトラウマだけが残った。そうして甘粕斧の名前が引き金になって一部の住民にフラッシュバックを引き起こしたのかも知れない。そうでもこじつけないと、それほど昔のことではないはずなのにほとんどのヒトの記憶から甘粕斧に関する事項が消え去ることの説明が付かないわ」

ノキユは調子に乗ってそこまででっち上げて、最後はドヤ顔で言った。

「決まったな。運営は甘粕斧のことを謝罪するが、自分たちも裁定者の被害者だと主張する。そこで渦源流を後ろ盾にするからと自分たちへの協力を仰ぐ。これで榊夜々子の要望も実現する」

ここまで言ってフェイクスは再び九重の方を向いた。

「先生、これでどうですか?」

「了解だ。ご苦労だったな。あとはこちらで何とかするさ」

九重はそう言って応接室から出て行き、診療所の電話を使い、秘匿回線経由でドーム運営委員会に連絡を取った。

テーマ : 創作・オリジナル
ジャンル : アニメ・コミック

「渦流の国の少女・ 幼年期の終りという名の傲慢」(6)

何重もの虹のリング、フォトンリングを次々と発して止むことが無い夜々子は自分のフィギュアの制御が出来なくなっていた。

渦流魂と分離して地表に転がった元素子のフィギュアの側に来たスナフは、本体の元素子の渦流魂を探した。

元素子の渦流魂はスナフに頼ること無く、渦流魂独自の嗅覚のようなもので自分のフィギュアの位置を探し当て、その中へ戻った。

「まだ伏せてろ」

「わかってる。でも、何とかしなきゃ」

「俺が行って、あいつを止める。たぶんあの光、渦流魂に影響するんだろう?俺ならフィギュアじゃないから平気だ」

「でも、そうだとは限らない、危険よ」

「手動システムのキグルミを使うか?旧式の、渦流魂同調型のシルエットフレームシステムはあの光の影響を受けるが、手動なら動くらしいんだ」

「そうなの?じゃあ、お願い!」

「ああ、そこ、動くなよ!」

スナフは身をかがめてコックピットハッチを開いたままのキグルミへ走って行った。

元素子は、もしかしたらすでに事態が伝わっているかもしれないが、念のため前衛部隊の応援を呼ぼうとしたものの、フィギュア耳に内蔵されている無線機からは雑音が聞こえるだけで、連絡が取れなかった。おそらくあの光のせいなのだろう。

そこへようやくドーム武装警察の一団が夜々子に向かって、彼女を確保しようとしたが、元素子が近づくな!と声をかける間もなく、全滅した。

スナフのキグルミが立ち上がり、ドーム内の建造物と倒れているフィギュアを避けながらゆっくりと元素子の方へ歩いてきたその時、夜々子の周りに六つの黒い直方体が出現した。

各辺の比は1:4:9、同じ比率のままサイズはナノレベルから数万キロレベルまで存在し、惑星改造破壊(テラフォーミング)用にもなり自己増殖機能も持つオートマトン。全面黒色の、通称モノリス。トライアングル星雲の裁定者たちの、無限星力を内包した超越的万能デバイスである。

モノリスが出現したということは裁定者自体が動いたということを指していて、言うなれば非常事態であった。

六つのモノリスは夜々子のフォトンリングをあっさりと無効化し、電撃のようなものを放って、捕獲ワイヤーのように夜々子のフィギュアを絡め取り動きを止めた。

そしてそのままモノリスと夜々子は宙に浮き、六つのモノリスはそれぞれ直方体から薄い正方形へと変形し、夜々子の上下左右、六方を囲んだ。

「グリッドキューブ!」

元素子はそれに見覚えがあった。かつてトフボフの渦流魂、うづるさんを捕獲しようとしたものだった。

六つの正方形が捕獲対象を内部に捉えて立方体を形成しようとする。同じことを、夜々子にもしようというのだ。

が、夜々子のフィギュアは再びフォトンリングを発動して、正方形状のモノリスはそれぞれ吹き飛ばされてしまった。

そもそもモノリスは意志を持たない道具に過ぎないのだが、恐れをなしたように、吹き飛ばされて、そのまま消失した。

元素子には何故モノリスが簡単に諦めたのか分からなかったし、モノリスをはね飛ばした力が夜々子の渦流魂自体のものなのか、フィギュアの能力なのか分からず、唖然とした。

「トフボフの渦流魂の、再来なの!?」

そう、思うしかなかった。

モノリスが消え去った後、夜々子は気を失って倒れていて、あの光も発する気配が無かったので、元素子は夜々子に近づき、抱きかかえて、側に来たスナフのキグルミの手のひらに寝かせた。

このとき元素子はこのフィギュアの少女が自分の姉と同じ名前の「夜々子」であるとは聞かされてはいなかった。

ようやく落ち着いてあたりを見回すと、前衛部隊の救護班と動ける一般市民が協力し、負傷した大量のフィギュアを担架で運ぶ光景があった。
その中、元素子は見知った人物を久々に見つけた。鳥頭の異星の中年男でフィギュア造型師のスカラ・テング。家族を失った元素子を自宅に居候させてくれ、フィギュアの身体の世話までしてくれた人物だった。



×  ×  ×



フィギュア配給公社前での住民の暴動を抑えるためにドーム警察が出動したものの、抗議運動を起こした住民側は各地の自警団を呼び、自らの盾にさせた。
市民上がりで急ごしらえの警察が筋金入りの自警団に敵うはずが無く、防戦一方になった。

生徒会のメンバー、勝手に逃げ出した者もいたが、その全員を自宅に帰らせて、ノース・ノキユはフェイクスとハルモが戻るのを待たずに、暴動の現場に一人向かった。
無理を承知で暴動を止めるつもりだった。学生でありながら、ドーム社会の仕事を担った責任感が彼女をそうさせたのだが、それはノキユ自身のちっぽけなプライドの維持でしかなく、暴動の人波にまみれて、あっさりと打ち砕かれた。目前にありながら少しも近づけないフィギュア配給公社で誰かが放ったのか、火の手が上がった。

はやく、はやく火を消さないと。大事なフィギュアが燃えてしまう。

ノキユは後ろを振り返って誰かを呼ぼうとしたが、呼ぶべき人は誰もいなかった。自分が暴走気味なとき、いつも止めてくれるあの彼もいない。

もはや何のための抗議なのか分からなかった。このドーム・コミュに民主制が根付くのはまだ早すぎたのだ。村社会の意識が強く残っていたのだ。
だから、甘粕斧と呼ばれた人物は強引な手段を選んだのかも知れなかった。渦源流からも、星国の裁定者からも、自立するには住人から独裁と呼ばれたそのやり方は必要だったのかも知れなかった。しかし、それは性急すぎて誰も付いて行かなかったのかもしれない。圧倒的な反発を生んだのだろう。

ノキユは人波にもまれながらも俯瞰的に自分と甘粕斧を重ねていた。この状況でそんな冷静な考えが浮かぶなんて私、どうかしてる。

住民の反発に対して甘粕斧は何をしたのか?

すべては甘粕斧という名前が出たことが発端で広がったこの暴動だ。その人物は相当のことをしたのだ。具体的にそれが何なのかは分からないし、記録にも残されなかった。それくらいのことだ。しかし記憶には残っていて名前が出ただけで火が付く。漠然とではあったが直感ですべて理解した。

ノキユは後ろから突き飛ばされて地面に崩れ落ち、多くの人に踏みつけられた。立ち上がろうとしたが無力感がフィギュア全体を満たして腰に力が入らず立てなかった。ノキユはもう一度後ろを振り向き、手を伸ばしてそれを掴んでくれる人を探したが、そこにはやはり誰もいなかった。

意味の無いプライドをかなぐり捨てて、四つん這いで人波から抜けだし、立ち上がってフィギュア配給公社とは反対側へ駆け出した。

自分一人ではどうにもならないことは認めたが、ノキユは決して泣くまいと、そこだけの意地は残した。



×  ×  ×



夜々子のフィギュアが発したフォトンリングの影響を受けた地区側の広場に、野外病院のためのテントが設営され始めた。
ビアンミニと呼ばれた、鳥頭の異星の中年女性は仲間の医師団を呼び、倒れたフィギュアの手当のための指示を続けている。

ビアンミニに直接、しばらくすれば意識が戻る、心配ない、と言われたものの、フェイクスは、野外テント内に寝かされ、未だ気を失ったままのトウナの手を握ってその場を離れようとしなかった。

ハルモ・ルニーはそんなフェイクスが気になりつつも、野外病院を手伝ってもらうため、生徒会のメンバーに連絡し、動員をかけた。
その連絡の際、メンバーの一人が学校に戻り、ノース・ノキユが行方不明になっているのを教えてくれた。

ハルモはフェイクスに声をかけられず、九重にそのことを伝えた。
九重はフェイクスの状態とハルモの忙しさを認めて、テント設営を手伝っているスナフの操縦するキグルミの側まで行った。

「スナフ!車が使えない!キグルミで足になってくれるか!」

腰をかがめたキグルミのコックピットハッチが開いて、スナフは九重をコックピット内へ招く。

「ノキユを連れてすぐ戻る。元素子君、しばらくこの場を任せるぞ」

「はい!」

九重を乗せたスナフのキグルミは広場を離れて、渦流バーニアでジャンプし、飛んだ。


スカラ・テングはビアンミニと一緒に、夜々子のフィギュアの手当をしており、そこへ救護バッグを抱えた元素子が駆けてきた。

「外付けブースターと、渦流魂待避カプセル持ってきましたけど?」

「待避カプセルだけでいい。貸してくれ」

元素子はスカラの手にフィギュアを失った渦流魂の、一時避難用の球形カプセルを手渡し、スカラとビアンミニの後ろでしばらく佇んでいた。

通りがけのハルモに元素子はその子が例の榊夜々子だと、教えられた。

「そうなんだ。あれが、その…」


「付け焼き刃の冷却剤じゃ、フィギュアの発熱が収まらないわ…。ここままだとこの子の渦流魂、魂形を維持出来ずにフィギュアに吸収されてしまう」

「やっぱり待避カプセルを繋いでフィギュアから渦流魂を吸い出さんと、まずいだろうな」

ビアンミニはスカラの言葉が終わらないうちに夜々子のフィギュアの口を、吸引器を咬ませたマスクで覆い、カテーテルを通じ待避カプセルに繋いで吸引器を作動させた。
待避カプセルのタンクのメモリが少しずつ上昇し、渦流がカプセルに溜まっていくのを確認した。

「これで吸い出しは何とか出来るわね」

「後はお前の診療所に置いてある俺が持ってきたフィギュアに移そう。しかしな、このフィギュア…」

「心当たりあるの?」

「ある新型フィギュアのコンペで聞いたことがある。理論的には可能なシロモノだ。フィギュア、身体そのものが渦流魂増幅装置、ブースターになってる。いわばシルエットブースターだよ」

「なるほど。現象から見れば説明が付くけれど…」

「発想、設計自体は珍しくない。が、開発は許されていない。実物が存在するということはだな、噂でも聞いたが、裁定者自ら提示した高性能フィギュアのプロトタイプだ。その後すぐに提示は撤回された」

「まあ、撤回した理由はあのフォトンリングを見れば分かるけれど」

「だろうな」


「ビアンミニ先生!」

ビアンミニは他の異星の医師から呼ばれて、夜々子の側から離れた。

「じゃあ、あの子の渦流魂が特別なわけじゃないんですね」

元素子がスカラに聞いた。

「渦流魂は普通だ。特殊なのはフィギュアの方だ。なんでだ?」

「うづ…、トフボフの渦流魂かも、って…」

「ああ、あれからお前、会ったか?」

「いえ、スカラさんは?」

「いんや。会いたいか?」

「そりゃ、まあ、会いたいですけれど、この街にいたままでトフボフの渦流魂が現れたら、大変なことになります。たぶんトフボフの渦流魂と戦わされる羽目になる。それは嫌です」

「そう、だよな」

スカラは遠い目をして答えた。
それ以上元素子とスカラの会話は続かず、お互いしばらく黙ったままだった。

「そういえば、ビアンミニさんってスカラさんの奥さんだったんですね」

元素子が空気を変えようとしてスカラに言った。

「お前!何で知ってる!」

「九重先生に聞きましたよ。へへっ、スカラさん、奥さんいたんですね?」

元素子がスカラをからかった。こういうときは積極的に冗談を言う。

「あいつ、余計なことを!元だよ、元!」

「その割には仲良さげじゃないですか」

「うるさいんだよ!お前!大人には色々あんだよ!」



×  ×  ×



フィギュア配給公社に火の手が上がったことで、暴動を起こした住民たちの間に動揺が広がったのか、その動きに衰えが見え始めた。そして、冷静な者たちが呼んだか消防団が到着して、消火作業が始まった。しかし一部住民や、自警団は、やり場のない憤懣を抱えて消防団とも小競り合いになった。また、配給公社に火が付けられたことでここでの目的は果たされたと、その場の空気が錯覚されて、次のターゲットはドーム運営そのものに移りつつあった。

配給公社から逃げるように走るノース・ノキユの姿は暴動の動きとは正反対のベクトルだったから、スナフの操るキグルミのカメラで容易に捕らえられた。
九重の指示で直接フィギュア配給公社へ向かって、簡単にノキユを発見出来た。

キグルミはノキユの正面に着地してそのまま四つん這いになり、開いたコックピットから九重が飛び出した。

「ノキユ!こっちだ、乗れ!」

「九重先生!」

「スナフ、ノキユを収容したらすぐ離脱だ。こいつは目立ち過ぎる」

九重はキグルミに向かって走ってくるノキユを捉えつつ、コックピット内のスナフに叫んだ。

暴動の波から幾人かキグルミの方へ向かってきた。鎮圧部隊だと思ったのか物を投げつけてきた。また、キグルミを歓迎する者もいた。

ノキユを収容したキグルミは立ち上がり、バーニアを噴かして後方へジャンプする。キグルミから広がった風が住民たちを牽制した。

キグルミのコックピット内に入ったノキユはスナフと九重に一応礼は言ったものの、その後ずっと黙っていた。

「君のことだから、きっとこっちに来ているだろうと思ったよ」

泣くまいと決意したのに、自然と涙が流れてしまったのか、ノキユはフィギュアの目を赤く腫らし、頬が紅潮していた。自分でもそれが分かったからずっと顔を伏せていた。

やがて、

「……、…ですか?…甘粕斧のこと、先生はどれだけ知っていたんですか?」

最初は口に力が入らず言葉にならなかったので、ノキユは意識して言い直した。

「名前だけは知っていた。触れてはいけない名前だと、それだけ強く教えられた。名前以外のことは私も何も知らない」

ノキユは無言で九重に言葉を続けろと迫った。

「だから、これだけの騒ぎになるとは予想外だった。もっと強く、君を止めるべきだった」

止められても私は止まらなかった。ノキユの中で声がしたが、気持ちの矛先を九重に向けていた。

「もちろん運営は甘粕斧の過去のことを知っていただろう。しかし、彼らにとっても想定外だった。運営長は私にしてやられたといった態度さえしたよ」

そんなことはどうだっていい。

「やはり、フェイクスと君は似ているな。怒りはわかる。いくらでも憎んでくれていい。ただもう少しだけ、君たちの知恵を貸してくれないか。これは運営側からの伝言でもある」

ノキユは、この人はこの期に及んで何を言っているのか、という顔をした。

ドーム・コミュが巨大な建造物だと言っても、約18メートルのヒト型のキグルミがその内部で動くにはそれほど広くはない。

すぐにフェイクスたちのいる、野外病院のある広場へとたどり着いた。

テーマ : 創作・オリジナル
ジャンル : アニメ・コミック

「渦流の国の少女・ 幼年期の終りという名の傲慢」(5)

フェイクスは最初に榊夜々子を呼び出す際、個人情報である夜々子の住む、ドーム外縁「港」と呼ばれた大型搬入口に停泊中の難民船居住ユニットの場所を、総合校生徒会の立場を利用して、いわば権力を使って知った。
そして再び直接居住ユニットに来たとき、部屋の同居人であるらしい、カン・レムスという名のフィギュア少女に、夜々子はまだ学校だと言われた。

両手で抱えるほどの大きさの大砲が無造作に散乱している部屋の中にいるカン・レムスが、

「ここに来てから外に出してくれないんですよ!酷いですよね!」

とフェイクスに訴えた。

まあ、戦闘時はともかく普段のドーム内でゴテゴテ大砲手足に付けて外出したら明らかに不審者だからな。難民船側としても余計ないざこざは避けたいだろうし、何より恥になる。だから隔離されてんだろう。フェイクス自身もそのフィギュア少女と関わることで難民船の住人に不審な目でジロジロと見られてしまうことになって、あまりいい気はしなかった。

フェイクスはそのままスルーして、夜々子に会うため、ドーム天井近くで夕日に染まる訓練学校へ向かった。

ほぼ同時刻、他の星国のフィギュア造型師がボランティアで開いている教室(ワークショップ)に向かうトウナに途中まで付き合うだけのはずだった夜々子を、夜々子があまりにフィギュア造型に関心を示すので、見学していかない?とトウナが誘い、夜々子もそのトウナの言葉に甘えることになった。



×  ×  ×



一方、フィギュア配給不足の問題は配給公社に抗議が集中し始め、それは収まらないどころか、急速に暴動まで発展した。

その暴動の中で例の「甘粕斧」の名前を聞いたと、生徒会のメンバーが生徒会長のノース・ノキユの元へ報告してきた。
あまりにも危険な状態のため、ノキユは新設されたドーム警察の出動を要請し、暴動の現場から生徒会のメンバーを全員引き上げさせたところだった。

「なんで、フィギュア配給不足の暴動であの名前が出てくるんだろ」

ハルモの素朴な質問だった。

「そうね。記録には全くないけれど、住人の記憶には残っていた、ということね。でも、何故今なのか、配給不足とどう関わるのか、分からないわ。フェイクスの言う通り、ドームにとっては余程都合の悪い名前なのは確かなようね。ヘイトを誘発しやすい名前なのかも知れない」

ノキユも困惑していた。

「最近、甘粕斧の言葉を持ち出してきたのは、榊夜々子さんだよねえ…。まさか」

「榊さんが私たちも使って、甘粕斧の名前をわざと流布して、暴動を仕掛けたっていいたいのかしら?運営への復讐のために?」

「いや、そこまで決めつけてはいないんだけど。あの謝罪要望、本人だってまず通らないって思ってるからかも、っていう」

「それが本当ならこのドーム・コミュに対する立派なテロ行為になるわね」

「ノキユ、どうしよう?フェイクス、呼んでくる?」

ノキユはしばらく黙った。そして、

「フェイクスを呼び戻してる時間は無いわ。警察が早く動いてくれたらいいのだけれど、それまで私たちで出来ることをやるしかない。まず九重先生に至急来てもらいましょう。そしてあまりやりたくは無いけれど、暴動の対処を自警団にお願いするわ。その方が動きが速い。それと、榊夜々子さんの保護。彼女が甘粕斧の言葉の流布の元になっているんだとしたら、彼女も危険だわ。フェイクスにはそれまで榊さんを匿ってもらう」

「自警団に頼むの、まずくない?」

ゲーテッドコミュニティー時代からの名残であるドーム内各地域の自警団については、勢力争いが絶えず、市民にとってあまりいいイメージがない。その、新設されたばかりのドーム警察組織への再編もままならず、自警団それぞれの組織のこのコミュは我々が守る、という強いプライドがそれを妨げていた。さらには同じく自警団出身者と外部からの傭兵部隊で組織された対端末戦のための前衛部隊との対立もあり、複雑だった。

「仕方ないわ。私だって出来れば頼みたくないのだけれど。ハルモさんはこのこと、フェイクスに伝えてくれるかしら?」

「了解!ノキユも無理しないでね!」

「ええ、ありがとう。気をつけるわ」

ノース・ノキユは生徒会のメンバーを通じて、自警団に連絡を取らせ、出来るだけ市民を刺激しない形での暴動の対処と、榊夜々子の保護についての協力要請を出した。
だが、ノキユが直接出向かわなかったこともあってが、この内容が素直に通じるわけがなく、自警団側で独自に解釈されてしまうことになった。



×  ×  ×



フェイクスが夜々子がいるはずの天井区画近くの訓練校へと昇るエレベータに乗ろうとした時、道路を挟んだ比較的古びた町並みの影で、不自然な、虹の光の断片が走るのを見た。その路地の隙間の向こうに、倒れ込む制服姿のフィギュアの少女の姿があった。

「トウナっ!」

かなりの距離があったが、妹の姿を見間違えるわけがない。フェイクス・オリジは路地に向かって走った。

道路を横切り、上下線のいくつかのタイヤ付きの車が急ブレーキをかけた。ドーム外の瓦礫の上とは違い、ホバー車ではなく、きちんと舗装された道では同じ渦流燃料を使えど、ドーム内ではタイヤ付きの車が当たり前だった。

「なんなんだ?」

「あれ!フェイクス!?」

急ブレーキをかけた二台ほど後ろの、九重・ヴァン・花蓮が運転する車に同乗しているハルモ・ルニーが前方を指さした。
榊夜々子のいる難民船に向かったのであろう、フェイクスに会うために校舎を出たところ、運良く九重の車に拾ってもらったのだ。

狭い路地を抜けながら、フェイクスは目の前左に倒れている妹のトウナ・オリジ、右に一目見たら忘れもしないフィギュアの榊夜々子が三人の体格のいい男たちと格闘しているのを見た。三人とも同じ独特な軍服のようなものを着ている。この地区の自警団の服だとすぐに分かった。

「何なのっ!放せよっ!」

夜々子は腕を掴まれて抵抗している。

周辺住民は遠巻きに見ていた。

「ばあさんよお、あんた見たんだろ、どっちのガキなんだ?榊夜々子だよな?どっちなんだ!」

「どっちでも構わないさ!両方とも捕まえておくれよ!あの名前を言ったんだよ!あの忌まわしい名前をさ!」

遠巻きに見ていた住民の一歩前に出ていた一人の老婆が自警団の男の問いに答えて叫んだ。元から老婆の姿のフィギュアではない。メンテナンスもろくにされておらず薄汚れ、渦流魂の年齢も外ににじみ出ているせいなのか、すっかり年老いて見えているだけだ。

自警団の一人がトウナにも手を伸ばそうとした。フェイクスはそれを妨げようと路地から飛び出そうとしたが、

「榊夜々子はあたしだ!トウナは関係ない!それにっ、父を、甘粕斧を、汚すこと言うかっ!」

夜々子の腹部が発光し、虹色のリングとなって数百メートルは広がった。

フェイクスは本能的に危険を感じて身をかがめた。虹色のリングをまともに食らった、夜々子の腕を掴んでいた自警団の一人と、周辺住民の一部が卒倒して崩れ落ちた。

「なんだ!?渦流の光か!?」

トウナを捕まえようとした自警団の一人は地面に伏せたまま叫んだ。

動ける住民は一斉に逃げ出した。その混乱の中でフェイクスはトウナを抱え起こした。

「お、お兄ちゃん…」

「トウナ、ここから離れるんだ」

「で、でも、榊さんが!」

「フェイクス!どうしたの!」

逃げ惑う住民の流れに逆らって、ハルモがフェイクスとトウナに向かって駆けてきた。

「ハルモ!来るな!来るんじゃない!」



×  ×  ×



「貴様!今、何をした!」

夜々子の虹のリングを食らわなかった自警団の屈強な男が、無駄な正義感を発して、夜々子に掴みかかった。

「一方的なのはそっちじゃないか!」

夜々子の腹部から発したリングが今度は足下に降りて、そのリングに乗るようにして、夜々子は宙を舞って、男の動きを逸らした。

上昇した夜々子の足下から二重三重のリングが下方に流れて、その真下にいた自警団の男にまとわりつき、男は気を失った。

飛んだ夜々子は着地に失敗してよろけて膝をつく。腹部が異様に加熱しているのを感じ、思わず両手で押さえた。

「ま、また、これだ!」

「榊さん!」

フィギュアについて普通のヒトよりも多少は詳しいトウナは、夜々子の状態の異常さを心配して彼女に駆け寄ろうとした。

「だめだ、トウナ、行くなっ」

「お兄ちゃん、放してよ!」

夜々子の行為を見ていたハルモ・ルニーはフェイクスの言葉に従って、民家の影で身を潜めていたが、様子を見計らってフェイクスに近づいた。

「フェイクス!あの虹みたいの、何なの!?」

「ったく、来るなって、言っただろう!」

「用があったから、来たんだよ!もしかして、あの子が榊夜々子?あれ、自警団のヒトでしょ、なんでケンカしてるの!」

「何で知ってるんだ」

「ノキユが自警団に指示出したんだよ、配給公社への抗議の中で甘粕の名前が出たの。あの名前表に出したの榊さんだから、彼女も危ない、だから保護してくれって」

「ノキユが?ほんとか?あいつバカか!ヤクザに頼むようなもんじゃないか!なんで止めなかった!」

ハルモにノキユが止められるはずがないと思いつつフェイクスは叫んだ。

「ノキユだって精一杯なんだよ!わかってあげてよ!」

「やっていいことと悪いことがあるだろ!事実はどうだろうと、フィギュアの配給妨害、榊のせいにされるんだぞ!」

「でも!でも!」

ハルモは泣きそうになった。

「フェイクス、ハルモを責めるな。私が止めるべきだったんだ」

逃げ惑う周辺住民の流れは近くのドーム内幹線道路にまで及び、複数の車が動けず立ち往生していた。
ハルモに続いて車から降りた九重がようやくフェイクスとハルモの元へやって来たのだ。

「先生、遅いですよ!何やってたんですか!」

九重に向けたフェイクスの目は怒っていた。

そしてフェイクスとハルモ、九重の会話の隙に、トウナが夜々子に向かって走り出した。

「こらっ、おい!トウナ!」


三人の自警団を倒した夜々子は、不自由な足を引きずり逃げようとしていた例の老婆を捕まえた。

「父の名前を汚らわしいと言ったな、謝れよ!婆さん!」

元のフィギュアは10代の少女のままと思われたが、朽ち果て、今の姿はほとんど80歳代程度にしか見えない老婆に詰め寄った。

「ひえっ、放せっ、触るな!あいつの娘のお前も汚らわしい!」

「甘粕斧のやったこと、そんなに悪いことなのかよ!」

「その名前、言うんじゃないよ!何をやったのかってことは関係ないのさ!褒めようと貶そうと、口にしただけで殺される!」

「殺される!?」

その瞬間、夜々子と老婆の間に一人の老人が割って入り、手のひらで光るものを老婆の腹部に突き刺した。渦流のナイフだった。

老婆はそのまま仰向けに倒れた。

「!? な、何なんだよ!この街はっ!」

夜々子の怒りが頂点に達し、フィギュア全体が強力な光を発した。そして腹部から再び虹色のリングが広がった。
しかし、今度のリングの広がりは約1キロにまで及んだ。

老婆を刺したまま逃走した老人は倒れ、夜々子に向かって走っていたトウナも倒れた。その他、この騒ぎを見ていた周辺住民、幹線道路に逃げた住民などもその影響を受けた。

リングの波動に直接触れた者だけが影響を受けたので、住居、建物の中にいた者、地面に伏せていたフェイクス、ハルモ、九重も無事だった。

さらに、虹のリングはドームの開けっ放しになった「港」の外にまで広がったため、港の中央で資材コンテナの側で作業していた約18メートルのキグルミがコントロールを失い、膝をついて倒れた。手足を使った操作系、手動システムがまだ装備されていないキグルミだった。

ドーム外壁に取り付いていたキグルミに乗るスナフは下方でそれを見て訳が分からなかったが、とっさの判断で、

「トクパ!ギヤマ!手動システムがないキグルミを支えてやれ!」

仲間のキグルミパイロットに指示をした。すべてのキグルミに手動システムが装備されているわけではなく、通常の、渦流魂との同調型の機体の方が多かった。夜々子の放ったリングはそのキグルミのシステム自体にも影響を与えるらしかった。

「キグルミの手動システムが使える者は切り替えろ!出来ない者はその場で動くな!フィギュアのパイロットは降りた方がいい!」

スナフは虹のリング自体見たわけではなく、その影響力も分からないものの、念のための追加指示を出す。賢明な判断だった。

「スナフ、ドームの中、見てくる!」

スナフのキグルミの側にいた元素子が渦流バーニアで港に降りていった。

ドーム内に入った元素子はその惨状に愕然とした。

「まだ、警察も、救護班も来てないの?対応が遅すぎる!形だけ小綺麗に体裁とったって意味ないじゃないか!全部前衛部隊任せで!何!あれ!」

元素子は視線の先に強く光るフィギュアの少女を認めた。それがまた虹のリングを放った。

リングの意味を元素子は知らなかったが、直感で危機を察知し、とっさにフィギュアから自らの渦流魂を分離させた。

「元素子!」

港のデッキに降りて元素子の行動を見ていたスナフはキグルミをかがめてコックピットハッチから飛び降り、緊急用の渦流魂待避カプセルを抱えて走った。



「フォトンリングか。まさかこの地球で見るとは思わなかった」

ただ呆然とする九重、ハルモ、そしてやっとのことで倒れた妹のトウナを引き戻したフェイクス四人の後ろで、一人の鳥類の頭をした他の星国の中年女性が言った。

その隣に、同じく鳥頭の中年男性がいた。

「フィギュアの売り込みに来てみれば、なんてことだ」

「スカラ、運が悪かったわね。診療所だけでは無理。野外病院の準備が必要だわ。あなたたちも手伝ってくれる?」

異星の中年女性は九重たちに言った。

テーマ : 創作・オリジナル
ジャンル : アニメ・コミック

「渦流の国の少女・ 幼年期の終りという名の傲慢」(4)

ノース・ノキユ発案による、ドーム・コミュ地下図書館での人力蔵書検索は予定通り実行されたが、予想通りというか、驚くほど成果がなかった。

その結果をほぼ予想していたフェイクスにとっては驚くに価しない。

「これで甘粕斧に関する情報はフェイクスが榊夜々子さんから直接聞いた話しかないわね…」

ノース・ノキユはだいぶ苛立っているようだった。運営側の動きがちっともないので当てが外れたからだろう。
そりゃ、相手も馬鹿じゃない。そんな分かりやすい相手じゃない。しかし、教師の態度からすれば運営のこの沈黙はまったく意味がないわけじゃない。

「それだけ甘粕斧って人物は運営にとって都合が悪いんだろ。榊の話とも合致するし、ノキユのやったことは無駄だったわけじゃない」

フェイクスはそこだけ口にして、ノキユの苛立ちを宥めようとした。

「でもスナフたちには悪いことをしたわ。無意味な労力を使わせてしまって。こちらの都合だから休ませてあげてって整備部にお願いしたのに…」

「工期遅らせられないからって、すぐドーム補修の仕事に戻ったんだよね、スナフ」

ハルモ・ルニーがあとを継いだ。

「スナフが話の分かる奴で良かったな」

普通、怒るぞ、とまでは言わなかった。ノキユの火を再燃させたら大変だ。一度火が付いたら消すの大変だからな。

「とにかく、この件はここまでってことでいいよな。榊夜々子の要望、運営に回させてもいいが無視されるのは見えてる。暗黙だが実質、教師にも止められてるし。榊には悪いが仕方がない。俺たちの分を超えてる。そろそろはっきりさせた方がいい」

ハルモが黙ったままうんうんと頷いた。

「そうね、別の案件もあることだし…」

「別の案件?」

「フィギュア配給公社からの、フィギュアの配給が遅れてるの。その遅れが少しも解消されない」

ハルモも分かってるらしく、初耳のフェイクスに説明した。フェイクスが榊夜々子の件で動いている間、ハルモとノキユの二人で対応していたらしい。

「遅れって、いつからだよ」

「難民船が着いてからかな。少しずつ。難民船にもフィギュア配給してるでしょ。だから、そのために本来のドーム内への配給が滞ってるんじゃないかって、勘ぐられて…抗議が来始めてるの」

「それはもう、運営が直接処理することだろ。調査部あたりが動くべき案件だ」

「もちろん運営も動いてるけれども、難民船関係は生徒会が請け負ってもいたし、状況報告は疎かに出来ないのよ。引き続き現状把握を求めて来てる」

「でも難民船絡みであたしたちに抗議が直接来ちゃうんだよね…。あたしたちが何とか出来るわけじゃないのに」

ノキユはそれで苛立ってたのか。着火要因はこっちにあったか。

「わかった。配給不足の件は悪いがしばらく対応しててくれ。俺は榊の件を何とかする」

ノキユたちの協力を仰ぎたかったが、仕方ない。

「フェイクス、でも…」

「ノキユ、あまり抱え込むなよ。お前の悪い癖だ」

フェイクスは恥ずかしくてノキユから目を逸らして言った。

いざとなりゃ、九重先生を巻き込んで丸投げだ。こっちは子供だ。あの先生の駒になって動くのも限度ってものがある。



×  ×  ×



学校に出てこいとしつこく催促されて、出て来てみればこの子供じみた仕打ちだ。

榊夜々子は教室に置きっ放しだったテキスト類が行方不明になっているのに気づいて思わず独りごちた。

たぶんどっかに隠されてるんだろうけど。もともとよそ者だし、自分でも持てあましてる品が良すぎるこのフィギュアに対するやっかみもあるのか、クラスから明らかに浮いていていじめの対象になってしまうのは他人事のように理解出来るし、以前のコミュでも受けた仕打ちだ。そんなのも、端末の攻撃を防ぎきれなくなって学校そのものがあっさりなくなってしまえば吹き飛んでしまう。所詮は一時的な、狭い世界での空気の維持、保守でしかないと、よく知っている。そんなもの、どうってことない。

このコミュでの一時停泊の条件として、学校でこのコミュでしか通用しないような、意味があるとはとても思えない歴史や社会のルール等の授業を受けなければならなかったので仕方なく付き合ってるだけだ。どうせならまだ前衛部隊で研修を受けた方が役に立ったのかもしれないが、その希望は出したものの、全く無視された。

結局、選択肢はなく研修という名目で一方的にこのドーム・コミュの主義主張、思想の教育を受けさせられる。それは一方的なこのドーム・コミュの宣伝にしか見えなかった。
そのくせ、渡されたテキストにざっと目を通してみれば、功労者であるはずの父に関する記述は一切無い。追放されたのだから当然の報いなのは分かるが、怒りが収まらなかった。

自分とそんなに年が離れていないと思われる若い教師は父の名前を本当に知らないみたいだった。あの総合校の男子学生は父の名前を知らないまでも、知ろうとしてくれたし、自分の話も聞いてくれた。あの先輩の口ぶりから察するに、父の存在は本当に一部の者しか知らないんだろう。

だから余計に、父の名前を知らしめたかった。もうとっくに父は亡くなっているし、今更このドームをどうこうしてくれというのはない。生まれ故郷ではあるが育った地ではないし、正直ここがどうなろうと知ったことじゃない。復讐劇の主役気取りでいるつもりもない。ただ、知らしめたいだけだ。


「何か、忘れ物?」

「はっ!?」

教師から建前としか思えない、意味の無い説教を食らい、夕刻の誰もいない教室に戻ってみればいじめに遭っていることを知って憤りが収まらず空回りしていて、全く油断していた。

窓から夕日の自然光が入るドーム内壁近くの学校である。窓の外ドーム外縁で補修のために動く複数のキグルミの姿が見える。

「難民船からの編入してきた人だよね。名前、ええと、榊…何だったかな。ごめん」

名字まで知ってたら十分だ。この学校の制服だし、話しかけてきたこの少女は同じクラスの生徒なのだろう。

「夜々子よ。同じこのクラスよね?なのに、あたしだってあなたの名前知らないんだから、お互い様」

夜々子の方は一時的な編入で制服までは支給されてはおらず、私服代わりの制服だったから、むしろ分からない方が普通だ。フィギュアの上にさらに「服」を着ること自体珍しいし、贅沢だった。

「トウナ・オリジ。あんまり学校来てないでしょ。私の名前も知らなくて当然か。こっちは綺麗なフィギュアだから一度見ただけであなたのことよく覚えてるんだけど」

夜々子は一瞬顔を顰めた。が、フィギュアの品の良さで相手にあまり不快感を与えなかった。それだけに、それが自分の、内面(渦流魂)の品の良さではないことを余計に思い知らされて、皮肉と受け取りがちだった。

「あ、この言い方、気に障った?」

「いや、別に。慣れてるから」

夜々子はトウナの心遣いについ、気を許してしまう。

「あなたこそ、こんな時間にどうしたの?」

「職員室で説教されちゃってね。榊さんも呼ばれてたよね」

話題が自分に向くのを回避したつもりの夜々子だったが、すぐにトウナに返されてしまう。気遣いがあるようで相手の事情にズカズカ入ってくる。それを自然体でやっているようにも見えるから嫌みは感じない。きっとこの子は渦流魂とフィギュアのズレなんかで悩むこともないんだろう。

「まあ、授業中、居眠りばかりになってるから仕方ないんだけど」

「そうね。ここの授業退屈よね」

「うーん、いや、私の場合は、その、放課後、フィギュア造型の教室に通ってるからそれで忙しくなっちゃって…」

授業中の居眠りの反省もあるのか、トウナは恥ずかしそうに言う。

「そうなんだ。でもはっきり言ってそっちの方が役に立ちそうよね」

「うん、ま、そうなんだけどね。基本は学校でも教えてはくれるけれど、より詳しく突っ込んだところまではいかないし。部活でそういうの出来ればいいんだけど許されてないらしくてね」

「何のための学校かよく分からないわ」

こんな下らないテキスト、と机の中から出そうとして手が空を掴む動作に夜々子は焦った。しまった、調子に乗りすぎた。

「テキスト持ってきてないんだ?」

トウナが机の中を覗き込み、夜々子が取り繕う隙を与えなかった。


夜々子は簡単には自分の態度を崩せず、トウナにテキストを誰かに隠されたらしいことを伝えた。それは嘘ではなかった。
トウナは家に帰らず学校から直接フィギュア造型の教室に向かうので、その予定の時間に間に合うまで、テキストを一緒に探そう、と言ってくれた。

自分が隠すならどこに隠す?と、トウナは普通なら他人が傷つくこと平気で言って、夜々子と二人であれこれ想像し、ドーム内壁天井近くに設けられた学校の、一部校庭も兼ねた巨大な空中庭園中央に位置する噴水の池の中、というベタな場所に目立つように無造作に捨てられているのを見つけた。

粗雑なコピーを束ねたものでしかない夜々子のテキストは水に濡れてまったく読めた代物ではなくなっていたので、トウナは嫌がる夜々子を促し、そのまま一緒に職員室に向かって事情を話し、夜々子は新品の正式なテキストを手にすることが出来た。

テキストの内容が下らないという思いは無くなりはしなかったが、探すのを手伝ってくれたトウナの手前、授業をサボるわけにはいかなくなった。

このままトウナと友達になって、フィギュア造型の勉強もしている彼女に、渦流魂とフィギュアの不一致という自分が抱える悩みをいつか話せる時がくるのだろうか、と夜々子は子供じみた淡い期待をほんの少し、抱いてしまった。

父の形見でもあり自分の手に余るこの「器」についての話が…。

テーマ : 創作・オリジナル
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プロフィール

tobofu

Author:tobofu
http://d.hatena.ne.jp/tobofu/
でアニメ感想系まがいのことをやっていますが、こちらはオリジナル創作漫画、小説の発表用のブログです(時間がないときや事情によってはアイデア、プロットレベルのものを提示するのみ、になってしまうかもしれません)。
その他総合的なプロフィールはhttp://www.geocities.jp/tobofu/
参照。

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